設計製図1
半分倒壊した平屋のバラック。
内部はザラザラとしていた。
カンの良い者ならば、消火作業で水浸しになってから風雨で乾燥したことは推察できる。
『新人』たちの中には『世界初の人造艦船』とその設計集団『(旧)世界旅行協会』の噂を知っており、その最新鋭技術と栄達にあやかろうという者も含まれている。
だから膨らませていた妄想との落差に驚いていた。
ミッキはご機嫌ではないが不満も感じていない様子、つまりいつもどおりの表情で野ざらしになっていた椅子の状態を確かめていた。
「椅子が硬いですね」
「この第2原図室は人手が足りずに風雨に晒されたままでしたからね」
「使えるなら構いません。応援の計算手の方々は一時的に借りている人員なので、不足補充で来る新品の椅子を優先して回してください」
そこに海防艦『択捉<えとろふ>』から掃除用具を抱えた提督以下数名がやってくる。
「ミッキさん、頼まれていた掃除用具を持ってきました」
「ありがたくお借りします」
「壁がなくなってますし、ホコリだらけで大変そうですねえ。手伝いましょうか?」
「いえ、新人研修を兼ねてこちらでやります。機密保持もありますので図面士は最低限自分の机は自分で掃除できなければなりません」
「なるほど、そういうものですか」
わかっているのか怪しいぼんりした返事だった。
「壁に穴開いてますけど大丈夫なんですか?」
「問題ありません。実寸図を並べる頃になるまでは、製図は端の方で作業するので」
「へぇ、そうなんですね」
掃除用具を受け取ったミッキが設計班のほうへ振り返る。
「埃を払って、午後には仕事を再開します」
彼らの初仕事は、自分たちが働く職場の清掃となった。
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「焼失した分を描き直さなくて大丈夫ですか」
「『択捉<えとろふ>』型は原図が半分ほど残っています。
建築図面や完成図面もありますし、担当者の記憶も合わせて復元を試みますよ。
いつまでも主任ひとりに任せっぱなしというのもいけません。良い教材にもなるでしょう」
言いながら見せられた基本設計図はあまりに線が薄く、一見して白紙に見えた。
「なんだこれ?」
「細かい」
「まさか、図面が縮小されているのか?」
1枚の製図用紙が十字線で分断されて、まるで縮小コピーしたかのように4枚分の図面が描き込まれていた。
「手を動かす範囲が小さく済みますから。指も疲れませんし」
限りなく低い筆圧で描かれた図面は、読み取れるギリギリの薄さ。
これでは風雨に晒されなくとも重ねて保管しておくだけで風化して消えてしまいそう。
驚愕する新人図面士たちに、ミッキは配慮の様子で平然と追い打つ。
「図面士である皆さんが慣れるまで作業しやすいように、最初は8枚分割や16枚分割しないようにしています」
先輩図面士長が新人たちを睨みつける。
「お前らよく覚えておけ。ここじゃあ『詳細設計』っていうのは、基本設計の検証と詳細化じゃあ無え。
主任の描いた基本設計原図を拡大しながら書き写して、省略箇所の穴埋め問題を解く仕事だ」
目を凝らしてよく見ると、ネジ穴まで指定された詳細設計図面になっていた。
さすがに全てではないが要点となる箇所では素材に強度を与えるため加工方法まで指定されている。
「『占守<しむしゅ>』型はもう少しお任せしますよ」
「承りました。嬉しいですが、お手柔らかにお願いしたい気持ちも正直ありますな」
「だめですか? 自信がないならやめておきますが」
首を傾げながら言うミッキ。
「もちろん大丈夫です! 設計主任、ぜひお任せください」
「そうですか。何か無理をしているようもに聞こえたのですが」
「ええ、気にしないでおいてください」




