竜の墓所7
「死者を守護する主神を書き換える、というか解除せねばならん」
なんだかすごく大業な話が始まったような気がする。
それに、どうしてチセが呼ばれたのかもわからない。
「大したことなど何もない。
それに忘れたのか? 竜宮の真の主神はチセなのだ。
そのまま遺体を引き渡してもチセが葬送したことになったままでは、竜の墓所に列することができん」
「よくわからないけれど、仏教でお葬式をしたら教会のお墓には埋められない、みたいな?」
「まあその理解で構わん」
私の理解度は関係ないので、どんどん進めてもらう。
「掌砲長、空き瓶は持ってきてくれたか」
「錬金術で使う試験管のことでいいんだろ? 持ってきてる」
掌砲長が試験管を巻いた束を取り出す。
底が丸い試験管が、ベルト給弾のごとくじゃらじゃらと音を立てながら連なっている。
丸底は加工が面倒で高価そうに見えるけれど、いったいおいくらなのだろう。
さらに、口を金メッキの金属封に加工してあった。
「いやこんなに沢山はいらん。ひとつでいい。チセ、選んで一本封を開けよ」
掌砲長がチセにベルトを示して、チセは同じものが並んだ試験管の中から、適当に一本を探す。
探している途中、掌砲長が機関長に話を振る。
「試験管はいちおう滅菌済みなんだが、儀式に使うのに開封するのかは勿体ないな。
魔術的な封印や浄化は一応してあるが、適当でいいのか?」
「構わん。大気中の魔力の揺らぎ程度に影響は受けんし、終わった後には微生物1匹すら残らんからな」
チセの小さな手に、試験管が危うげなく収まった。
試験管に溶接された金属蓋は、ロックを外して指をかけると扉のようにぱかりと開く。
「鍵はまだ持っているか?」
「ではそれを持物の代わりとする。少し形を変えよう」
チセがうなずいて鍵を取り出す。
いつか機関長が針金を曲げて作った鍵型の何かだが、受け取った機関長が指でぐにゃりと曲げて、3槍の不思議な鍵に変化する。
フォークみたいだ。
「祝詞は我様が勝手に唱える。チセは何も言わずとも黙っていてくれれば良いからな。
作業は単純、空気を混ぜながら、周囲の魔力を凝集する。早速やってみるがいい」
くる、くる、とゆっくり回す。
まるで卵もかき混ぜられないような小さな動きがゆっくりと繰り返されるうち、髪も揺れないほどに微かだが、無ではない空気の流れが格納庫内に生まれる。
その様子を濡らした指先で確かめた機関長が、つぶやく。
「まわれまわれ、場の揺らぎは失われた」
祝詞というほど大業なふうでなく、機関長が読み上げるように短文を口にした瞬間に、風が各所で凝集した。
天井を閉じた格納庫に、光の鱗粉が満ちる。
青白い燐光だった。
火垂るのようにきれいだった。
「吸い過ぎると身体に悪いから、呼吸を止めていたほうがいいぞ」
「最初に再三、危なくないって言ってなかった?」
そういうことは先に言ってほしい。




