幕間:艦隊乗員たちの休暇3
『実家でぜんぜん寝付けなくて、びっくりしました』
ベッドの上に転がったまま、いつかスイ提督が雑談中にこぼした言葉が思い出される。
考えていることが理解できない古代戦艦と無言の伯爵姫に囲われている状況で、エルフと魔族と怖ろしい作戦部長に囲まれて彼女らの上に立つ、漁村出身の同年代の女の子。
悲鳴は頻繁にあげる一方で、騒動が喉元過ぎたあとはわりと平然としているあたり、提督はすごいヒトだと思う。
逃げてきたはずの故郷のベッドは固く、思い出すのは職場のこと。
良い思い出ばかりではないが、あまりに濃い経験の記憶が頭から離れない。
イリス漁業連合で初日にいきなり、支給された制服に着替えさせられて。
薄い布に短いスカートの、あまりに扇情的な服。
騙されて辺境の地で身体を売ることになるのか、と勘違いして絶望するのが女子乗員にとっては通過儀礼みたいになっていたと、あとで先輩に聞かされたときは滅茶苦茶に怒った。
ほとんどの者が帰省の際に、貸与されている制服の持ち帰りを許可されなかった。
イリス伯領地、というかイリス漁業連合の母港の外で着るには危険過ぎるから、という理由で。
もっともだと思う。
その格好で前線まで出ていったのだから、思い返せば正気の集団ではない。
とても怖かった。
掌砲出身の<ロイヤル>艦長にあこがれ、戦闘配置は甲板上の艦砲。
対地戦闘の最中は飛んでくる魔術の矢に死を覚悟して、波しぶきに濡れた制服の下で失禁までした。
2度とあんな目にはあいたくないと思いながら、帰ってきたら母港は廃墟。
竜皇国に攻められたと聞かされて、必敗の予想に怖くて飛び出して。
戦争に負けた国の市民がどんな目にあうかくらいは、誰でも知っている。
だから逃げてきたつもりだったのに、気持ちのどこかでは、揺れる艦内の簡易ベッドが恋しい。
知らない味付けの食事に、他所では任せてもらえないだろう危険で責任の重い仕事。
就業後は作戦部長への悪口をコソコソと。
週末は仲間とともに街へ繰り出して。
自分たちの仕事で世界が変わるのだと、なんど繰り返し言われても実感がないまま。
上半身だけ起こして、ベッドの脇の荷物をさぐる。
使わないつもりだったのに、出発時に渡された紙の半券を無くしていなかったことに安堵する自分に気づく。
手に持って見つめる、帰りの列車のチケットだった。
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また別の帰省者。
食い詰めものとして追い出され、戻ってきたら英雄だった。
「前線で敵国にカマしてやったんだってな! お前すげえよ!!」
「ドラゴンをやっつけたんだって? 町の10つは平然と焼く精鋭を相手に、『ほとんど』犠牲も出なかったって」
「竜皇国が面子を潰されても反撃できないほど圧倒的に叩き潰したって、すごいなぁ」
「横暴な聖竜教会をぶっこわせって、あちこちの国で盛り上がってる」
「すまん。これまでのことは謝る。お前がこんなにやれる息子だとは思っていなかった」
「戦争でおされている大国アルセイアの希望だ」
艦隊は対地攻撃で勝利したにもかかわらずボロボロ。
戻ってきたら休む間もなくボロ雑巾のようになるまで働くしかなくて、その過程で空襲を受けた母港と新浜市の惨状をその目に焼き付けて。
完全に負けたと思い、こんどこそ石を持って親に逐われる覚悟で帰ってきてみれば。
完全に勝利した英雄の扱いだった。
これで職場を飛び出してきて家に帰ってきたいと言い出しづらいというのもある。
だがそれだけでもなく。
現地で見た惨状と、外から見た『イリス漁業連合』の圧倒的な勝利の違いに困惑して。
やがてそれがどちらも現実であることを受け入れたあとで、帰りの鉄道乗車券を換金してしまうべきか、悩みはじめる。
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こうして、おだてられ調子に乗った者や、実家の家計を助けたい者、いまさら田舎の暮らしに戻れないと悟った者など、理由はそれぞれだが。
復権栄達のまたとない機会であると実家から蹴り返された者まで。
帰省したまま戻るつもりがなかった者たちの多くは、戻る決心をすることになる。
すでに退職したはずの職員まで、多くの出戻りがあったという。
高価な大陸横断鉄道の復路のチケットは、暗黙に無断退職者への退職金代わりでもあったのだが、ほとんどは換金されず本来の用途に使われた。




