幕間:艦隊乗員たちの休暇2
休暇へ向かうはずの乗員が詰まった客車内の空気は、まるで通夜にでも向かう親戚団体のよう。
土産物を抱えて休暇を楽しみにホクホクとしているものは極めて少数。
焼け出されて逃げるような格好の者さえいる。
抱える大荷物に私物が全財産ほとんどすべて詰まっている者も多かった。
「実家に帰って畑でもするか」
「お前に畑なんてできるもんかよ」
「ケンカして飛び出してきておいてなんだけれど、こんなに家に帰りたいと思ったのははじめて」
ひそひそとまでする、控えめな声量。
「次は竜皇国の地上軍が攻めてくるってウワサ、本当なのかな」
「そんなわけないじゃん。隣国だって外国の兵を自分の国に抱えておきたくないはずだよ」
「わたしの国、竜皇国とは交友国なのに。戻ったときに逮捕されたらどうしよう」
「帰省中、竜信者の個人的な復讐には気をつけろって説明を受けたけれど、こんなのどう注意してたって最後は運次第だろ」
「勝手に攻めてきて逆恨みにもほどがある」
「寝れなくても寝ておいたほうがいいよ。明後日には着くから」
「大人が胎児のように丸まっていたの。あんな死体、はじめて見た」
多くは艦上で対地戦闘のみを経験し、それもほとんどの乗員は艦内業務。
そのうえ戦場ははるか遠くの地上にあって、大河で隔たれた艦上からは、ヒトがゴマ粒ほどにも見えなかった。
砲弾を受けてトマトのように弾ける敵兵を、直接その目で観たものは多くない。
地上戦に参加した者もいたが幹部要員が中心で、少数。
だから、帰港してからヒトの死体をはじめて観た乗員が多かった。
それも敵ではなく、空襲で部材に下敷きにされた工員や、建物ごと焼かれて炭になった市民。
遺体を収容する仕事を手伝った者もいて、その際に受けた衝撃がまだ新鮮なまま。
身体の疲れも、悲観的な思考に拍車をかけた。
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男がふたり、駅に降り立って伸びをする。
「せっかくの大陸鉄道だってのに、まるで棺桶みたいだったな」
「あれなら艦内は天国ってもんだ」
「ヒトが多すぎて、海防艦のベッドより箱詰めだったもんな。もっと客車を増やせってんだ」
「まあ危険な陸路で数ヶ月かけるよりはマシか。
イリス漁業連合も高価な大陸横断鉄道のチケットを奮発したもんだ。
ほとんど帰ってこないかもしれんのに」
「後ろの荷物はなんだったんだろうな」
大量に並ぶ貨物車両を見ながら話していると、機嫌の良さそうな商人がふたりの会話を耳にしたようで、答えを教えてくれる。
「お前ら海浜辺境から来たのか。これは塩だ」
「し、塩ぉ!?」
「これ全部か!?」
「そうだぞ。イリス伯領地が輸出している塩だ。おまえら海浜辺境側から来てるのに知らんのか。
ならあっちも見てみろ、あの貨物列車がぜんぶイリス伯領地へ物資を運んで戻る直行便だ」
乗って来た車両の倍はあろうかという巨大複線動力車に、末尾が見えないほどの貨物列車が長く連結している。
「あんなに大量の資材が、ぜんぶイリス伯領地に?」
「港はぜんぶ燃えたはずなのに、あんなに買い付けて、そんな金どこにあるっていうんだよ」
つぶやく声が聞こえなかったのか、商人は男たちのつぶやく声を無視して説明を続ける。
「イリス伯領地の『海塩』といえば、いま大国アルセイアで最も熱い新商材のひとつだぞ。
岩塩とまた違う栄養がたっぷり、柔らかみのある味が繊細な料理によくあうから美味いってな。
投機の対象にまでなって、帝都では靴磨きの坊主までもが崩壊気味に乱高下する塩相場に夢中だ」
「ちょっと待てよ、塩っていったら高級品だろ!? それも、山で採れるもんじゃないのか?」
塩はヒトが生きるのに必須の生活必需品のうえ、地上では塩鉱山や塩湖でしか採れない希少品。
そのため塩山は各国が戦争で奪い合う重要拠点であり、『塩の内海』が魔族国の独立と輸出産業を支えていたりする。
海浜辺境は中央の塩鉱山から塩を買って輸入する立場、というのが常識で、経済格差の原因のひとつにもなっている。
「海塩っていってな。大海戦の前はそっちが主流だったらしい。100年も前のことだがな。
考えてみれば当然のことなんだが、海水からは無限に塩が作れる。
これまでは、臨海地域では海獣が暴れるから塩が作れなくて輸入するしかなかったわけだな。
くわしい理屈はよくわからんが、古代戦艦イリスヨナが復活したおかげで、イリス伯領地では海塩が大量生産できるようになったらしい」
彼らは『古代戦艦イリスヨナ』と言われて、自分たちの雇用主のことを思い出す。
イリス漁業連合の職員にとっては、船というよりはよくわからないタイミングでテンションの上がる童女が思い出される。
あまりにも頻繁に港で見かけるので。
容姿はともかく、覇気というか神聖感というか、オーラの絶無な人物。
そのうえ職員にわりと気安いので、緊張したのは最初だけ。
最初は近くにいるだけで緊張していた職員たちも、そのうち慣れてしまった。
いまでは艦を眺めて悦に入るヨナを職員たちは無視して仕事を続けるほど。
だから、いまいち『船信仰』信者たちのいう『顕現した神意』の有り難みがわからなかったのだが。
その福音を眼の前に、現物の物資の山という形で見せつけられると、即物的な威容に圧倒される。
「建築ギルドじゃイリス伯領地の話でもちきりだ。塩の膨大な利益で、大陸中から腕のいい大工を集めてるってな。
海獣も情勢も危ないが、前線で塹壕建築の工兵やるよりはマシだし、前線よりメシが美味いってウワサで人気の仕事だ。
顧みられることのなかったド田舎の海浜辺境の端も端、海沿いの海獣危険地帯に、いまじゃあ帝都よりも多くの優秀な大工が仕事を求めて殺到してる」
それだけじゃないぞ、と商人は続ける。
「それと鉄鉱石だな。鉱山の捨て石まで見境なし。クズ鉄まで買い漁ってる。
使える部分を仕分ける手間がかかってもいいから、ともかくいますぐ復興に必要な鉄が欲しいってことらしい。
近隣国ではすでに、処理に困っていたスクラップ場のゴミまできれいさっぱり無くなってる。
俺も、ド田舎との湿気た商売をしていたはずが、いまや突然生まれた新興地域との交易で儲けまくりだ。目が回るほど忙しい」
忙しいと言いながら機嫌よく、商人はふたりの男を荷役仕事に誘いながら言う。
「荷運びを手伝うならイリス伯領地行きの貨物車両に乗せてやってもいい。
お前らも一発当てていい目がみたければ、いまからでも逆方向の列車に乗りなおすべきだぞ」




