造船港湾復興計画 / 地上空母模型『前鳳翔<ぜんほうしょう>』
「建造中の『前鳳翔<ぜんほうしょう>』に敵の打撃が集中したのは不幸中の幸いでした」
ミッキが話すのは、いままさに視察中の、この燃え尽きた暗い廃墟のこと。
『前鳳翔<ぜんほうしょう>』は、地上空母、というか1/1模型だ。
飛行機の発着陸練習をするために建造中だった。
多額の資金と人員を投入した施設が、いまはただの地面に開いた穴と化している。
フーカは私たちの立っている船底から、完全に失われた飛行甲板を見上げて青空を見ている。
「発着艦訓練も、空母運用演習もしばらく無理ってことだわ。
イリス漁業連合が、どれだけの時間と予算を失ったのか見当もつかないわね」
「もちろん試算してる。私たちが幾ら失ったか聞きたいか?」
「書面でいいわ。終わったことには興味ないから。
残った資産と人員、状況によって今後の選択肢が変わるだけよ」
フーカはともかく、掌砲長はここまでずっと苦い顔をしたままでいる。
「上空から目立つ目標を優先して爆撃したらしい。
『前鳳翔<ぜんほうしょう>』に至ってはただのモックアップだからな。
多数参加している鉱山労働組合を舐めてかかってくれたようで、大変ありがたい限りだ」
地下施設や、近くの航空基地には被害がほとんどなかったらしい。
竜のブレスを一番浴びた『前鳳翔<ぜんほうしょう>』の消火作業を総監督したのはレイン。
いまは、そのレインが先導を務めている。
「聖水まで投下して、昨日やっと消火できました。1L瓶300本、教会支部が保有するほぼ全量です」
地上艦練習設備になるはずだった施設はひときわ大きな火柱の竪穴と化して、きょうは水浸しの廃墟になっていた。
「お疲れ様レイン。もどってきて早々、他の仕事もあったのに悪かったわね」
「構いませんよ。それに、消えない戦火なんて趣味悪すぎですから」
広島にあるガストーチのことが頭をよぎったのは申し訳なく思う。
足元は当然に水浸し、黒焦げ鉄骨の瓦礫が散乱して、天井からも水が垂れてくる。
雑然とした場にあって、レインは多脚の蜘蛛脚で音を立てず優美に移動し、脚で膨らんだ修道服にも水滴跡ひとつ残さない。
「イリス様、足元にお気をつけて」
「大丈夫」
穴ぐらの底である周囲は薄暗く、足元には水溜まり。
靴底まで考え抜かれたイリス漁業連合の防水戦闘靴は、暗い水溜まりの下に隠れて見えない鉄骨や廃材を、適切にグリップして確たる足場に変える。
イリス様が転んだときに備えて腰に手を回しているのだけれど、必要なさそうなくらいだった。
回した腕をイリス様にそっと触れられる。
「ありがとう。ヨナ」
「いえ、とんでもないです」
「トーエも、良い靴をありがとう」
「どういたしまして」
珍しくフーカが少し後ろを、支えようとするスイを伴ってついてきている。
「フーカ、大丈夫ですか?」
「この程度ならなんともないわよ」
現地視察で歩きすぎて骨折が悪化したらしい。
フーカときたら、捻挫のノリで骨折を長期化させていて、とても心配なのだけれど。
古代戦艦の巫女の家系であるフーカは回復力も高いはずで、他の怪我などはすぐ治ったのに、足だけずっと折れたまま。
治ってきたり再発したりを繰り返している。
働きすぎ、歩きすぎが良くないのだ。
「いいかげん休んだら?」
「この状況で、あたしに平然とそれを言えるのはあんたくらいだわ、ヨナ」




