VS騎乗竜空襲 / 幕間:彼女の戦い
天空の竜に一方的に地表を焼かれていても、ただ逃げ惑う人々ばかりではなかった。
また、睥睨してくる竜に立ち向かう以外の戦いも行われていた。
ヨナのいない状況で、技術部の責任者としてミッキは決断を下す。
「現時点をもって、建造ドック内の海防艦は全艦破棄します」
周囲にいる造船部署責任者たちからは、ただただ絶望の吐息が漏れる。
「図面等の機密処理は不要。
地中工廠にある工作機械類と専属オペレータの保護が最優先です」
昔から仲の良いおじちゃんが、本人も傷ついた様子のまま心配そうにミッキの顔を覗き込む。
「いいのかいミッキちゃん」
「どちらにせよ無事な船体はもう残っていません」
首をふるミッキ。
「それと、できるだけ造船員の生存者を増やしてください。船体が受けた損傷について証言を集める必要があります」
「人員の保護には『九条』機動輸送車の全車を避難に投入しています。いまは反撃ではなく守り耐えるべき段階だと考えます」
「よろしくおねがいします」
別の者から問題が提起される。
「たしかに工作機械は守らなければならない。
だが、このままでは地下工廠に延焼しなくとも熱でやられてしまいます。
建造ドックの縦坑はまるで業火の坩堝だ。これ以上の被害の拡大をおさえるためにも消火活動が不可欠です」
地面を掘り込んだ建造ドックの巨大な溝の中で、竜のブレスで魔力をまとった高温の炎が燃え盛って暴れていた。
「注水するしかねえな」
提案したのは、鉱山労働者組合からの出向役員。
「なにいってるんだ! 建造ドックの縦坑の中には、まだ避難しきれていない工員がいるんだぞ!」
「だがこのままじゃ全員死ぬ。鉱山では火事が起これば生存者がいても坑道を封印して注水する」
頭をよぎったのは、この場にいないヨナのことだった。
「わかりました。被害の大きい区画から注水して、他はぎりぎりまで待ちます。
が、待てない状況になれば即座に緊急プロトコルに従い注水を開始してください」
地上図が用意されて被害状況の一次報告が手書きで雑に書き込まれるとともに、注水区画が次々と決められていく。
「反対です。避難を優先すべきです。せっかく訓練した工員を失うことになりますっ!」
「造船の熟練工といってもまだ1年だろう」
「ですがっ」
「ミッキ殿、たしかに貴重な1年だ。でも造船に使っている最上級の工作機械は、いま失えばもう手に入らないと考えるべきだ」
「わかっています」
最上級の工作機械というのは、それ自体が先端プロセスで作られている。
限られた工廠の限られた人材にしか製造できないため、生産数が増やせず、販売先も数年先まで決まっている。
政治的にむりやりねじ込もうが在庫の無いモノはどうしようもなく、金を積んでも同じものは簡単には手に入らない。
掌砲長がどうやって手に入れてきたのかは知らないが。
掌砲長のツテを頼りに、それこそ大陸中から工作機械をかき集めてきているのだ。
どんな重要機材が失われたままになるかわからないし、いちどにまとめて失えば、建造から進水までを1年で実現した奇跡は失われ、再起にかかる期間は10年で利かない。
同じ製造装置がもう一度手に入るかどうかも怪しい。
さらにいえば、今回受けている攻撃は明らかに侵攻で、敵が何者で、どこの国から輸出制限をかけられるか、わかったものではない。
「水密扉を押し流すな、ゆっくり注水しろ! まだ船底は使えるかもしれん!」
「艦はもうだめだから捨てていい! 工作機械を守れ!」
「材料はいい! 工具を地下坑道へ運び込むんだ!」
その時、眼の前へ飛び出してきた若者が肩で息をしながら叫ぶ。
「まだ延焼してない7号海防艦で、主機がもう手に入らないからって、親方が!」
ミッキは数秒の沈黙のあと、判断して駆け出した。
「ミッキ主任! どちらへ!?」
「7号海防艦へ。人材を回収に」
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ドックで建造中の、仮称7号海防艦の機関室。
「この艦はもうだめだ、明らかに竜骨が折れてる」
「退艦しろ! って、なにやってるんだお前ら!?」
「お前らも手伝え! 主機を回収するんだ!」
そう叫ぶ大男が大型機械にしがみついているのを、数人がかりで引き剥がそうとしていた。
腕を掴んで必死の若者が、大男に説得の言葉をかける。
「親方なに言ってるんですかっ。死んじまいますよ!」
完成間近の船体は間の悪いことに、循環器系の動作試験をするために液化木炭燃料がタンクに詰まっていた。
いつ引火して炎上、爆発してもおかしくない。
「あんたらも手を貸してくれ、親方を引きはがすんだ!」
「はなせ! 主機が必要なんだ。
もう簡単には手に入らない大陸鉄道用のこいつが!
主機さえあれば船はまた作り直せるんだ!」
「もう注水が始まります、間に合いません!」
「竜骨はひしゃげて、船体に穴あいてるんですよ!?」
「こんなデカくて重いモノ、外しても運べませんって!」
「親方が死んじまったら誰が竜骨組むんです!」
だいの大人が叫びあう声すらかき消えそうな喧騒と騒音のなか。
するりと機関室に入ってきた少女の声が、不思議と響いた。
「択捉型海防艦はこれで打ち止めです」
イリス漁業連合の制服の上に着た白衣を煤で黒く汚して、しかしミッキは平生どおり。
ミッキの興味を一番引いていたのはその場の誰でもなく、熱と衝撃でひしゃげて潰れていく機関室を支える柱の構造材。
視線からわかる食いつきようが、むしろそれを見に来たのだといわんばかりだった。
火の粉をまとう黒煙に、崩れる板材の破片まで飛ぶ悲惨な機関室にあって。
ミッキは冷静というか、場違いに緊張感のない調子で続けた。
「なので次の艦を作ります。一足飛びに、もっと頑丈で大きい艦を。
あなたがいなくても、私がいなくても誰かが作るでしょう。
ですが、私は生き残って『前龍驤』の建造に参加したいと思っています。
そして、建造のときにあなたたち熟練作業員がいてくれると、とても助かります」
ミッキはそれだけ言うと、返事も聞かずにパッと身を翻した。
これ以上は1秒たりとも危険な艦内にいる価値はないといわんばかり、先頭をきって脱兎のように逃げ出す。
どこまでも実利的な立ち居振る舞いだった。
その本当に説得する気があったのか、いっそ素っ気ないとすら言える態度にあてられ、思考が一瞬空白になったあと。
「総員退艦だ!!!」
先導のように駆けるミッキの、足が早いとはとてもいえない背中を全員で追いかける。
いったんこの場を全力で生き残ることを考え始めると、たちまち彼らの頭はそれでいっぱいになる。
生き残った先のことを考える余裕はなかった。




