VS騎乗竜空襲 / 幕間:自爆禁止条項
しびれを切らしたのは敵の近衛竜。
ヤツは飽きたのだ。
「ああっ、ちくしょうッ!」
竜が動物であるがゆえの弱点。
本来であれば、騎乗竜の空戦において致命的な失点となるはずだった。
これが竜騎兵同士の戦闘ならば絶好の機会、ヨコ腹を槍で突けば一撃で仕留められるというのに。
だが状況は、いっきに敵の有利に変わってしまう。
竜が息を整え、竜騎士も夢中の戦闘から我に返る猶予を得る。
さらに手出しできないことから、こちらに間違いなく武器がないことが相手に伝わってしまう。
『ユエル、ぼさっとしてないで『桃音』の高度を上げろ。いまのうちにコチラも次の余力を稼ぐんだ』
慌てて高度を上げる桃音に、『翠玉』はついてこない。
「隊長!?」
『すまんが主機不調だ。
最大出力で回しっぱなしで規定された時間の2倍も持った。こいつはいい機体だ』
こちらの声が発信できない以上、それは偶然であって会話ではなかった。
『なあユーウィ通信士』
『まったく、です』
これまで邪魔にならないよう、一言も発していなかった通信士が通話に交じる。
通信士は明らかに負傷している様子で、隊長よりも呼吸が荒い。
彼に何かあったのかわからないまま話は中断する。
息を整えた竜が、頭が冷えた竜騎士の優れた手綱つかいに従い、美しい姿勢で翠玉に掴みかかる。
『本当にいい機体だぞ、ユエル、<コッツウォルズ>。まだだ、まだ! 翠玉なら滑空でもまだ1回は』
隊長は宣言どおりに、竜の突進をひらりとかわしてみせる。
だがそこまでだった。
速度も高度も使い果たして、ほぼ失速同然、がくりと姿勢を崩した翠玉に竜が掴みかかる。
『各機とも最後まで諦めるな! ユエル、相打ちは絶対に禁じられて』
無線ノイズで言葉が切れる。
一瞬振り返った瞬間、元騎乗竜乗りの動体視力がとらえた光景。
空中で背後から粉砕された『翠玉』参号機と、隊長の下半身だけが落ちていくのを見てしまった。
(ーークソッ、殺す、殺してやるぞ!)
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いつか飲みの席で、隊長は竜騎士時代の自分に後悔をにじませていた。
「竜騎士時代、俺達は怖いもの知らずだったな。
竜騎士が竜を降りて地上で剣を振るうなんて、俺は怖いもの知らずで、馬鹿だった」
「俺はそういう隊長を尊敬してます!」
「だが怖いもの知らずだったのは当然だ。騎士のなかの恐れを悟ると竜は騎士を乗せなくなる。
俺に勇気があったのではないよ。
恐れを許されていなかっただけだった。
だが飛行機はちがう。奮っていようがチビっていようが、操縦したとおりに空に上げてくれる。
恐れることを許してくれる、受け入れてくれる。まるでヨナ様の志を形にしたような機体だ」
言葉に古代戦艦の童女に対する敬意をにじませる、隊長の言葉の意味は、当時もいまも理解できなかった。
けれど覚えている。
「だから俺は今度は、ガキみたいにびくびく震えて、怖がりながら飛ぶよ」
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(相打ち禁止だと? 知ったことか!)
それは隊長の言葉じゃない。
古代戦艦イリスヨナの意思だ。
他人の言葉が隊長の遺言になってしまった。
(古代戦艦イリスヨナめ、そこまで言うならいますぐ戦える武器をよこしてみろ!)
だが次の瞬間、感情がすっと鎮まる。
激情に任せて引き倒した操縦桿が操舵の限界を超えて、ぐっと動かなくなったからだ。




