『イリス漁業連合 航空母艦 鳳翔』運用コンセプト動態模型 / トーエの動く空母
(都合により本エピソードは時系列として過去のものとなっています。後ほど並び替えする予定です。)
「零試『翠玉』の計画要求書、これ自体が知らない発想のカタマリみたいな内容です。
この『翼を折りたたむ』というのは?」
「運用を考えると小さいほうが運びやすいですから」
「運用、ですか」
まるで考えたことがなさそうに驚いた表情でうなる。
「まるで考えたことがありませんでした。
部品を運んで飛行場で組み立てることはよくしていましたが、翼を広げるだけですぐ飛べるということですか」
本当に考えたことがなかったそうだった。
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「トーエ、説明よろしく」
ここで技術担当でないこの場でトーエが説明するのは、説明に必要な『準備』をトーエがしたからだ。
「広報科責任者のトーエです。開発した航空艦船の最終的な運用がどうなるのか、こちらの模型を使ってお見せします」
そう言ったトーエの後ろから運ばれてきたのは、全長が1m近くある、1/350スケール艦船模型。
トーエ総指揮のもと、広報科スタジオ5組が作成した『イリス漁業連合 航空母艦 鳳翔』のコンセプト模型だ。
もちろん同名の大日本帝国海軍の空母鳳翔がモデルだが、イリス漁業連合での設計変更と、模型化にあたりいくつか異なる点もある。
離着陸の安全を最優先して、邪魔なブリッジは最初から無い平甲板。
船体後尾の舷側エレベータ。
横のすき間から格納庫を覗きこめる。
甲板は工作の手間と材料費の都合などから開放式。
船体の上に柱と外壁があり、甲板滑走路が乗っている。
航空母艦からの発艦動作をみせるために、ギミックが組み込まれた模型。
わざわざフルハル船体の全周に水面をまとわせるコダワリっぷり。
空母のしくみを示すにはウォーターライン模型で良いところを、トーエがわざわざ私の好みに配慮してくれたもの。
はじめて見たときは大興奮のあまり、勢いよく飛び上がった拍子に椅子を後ろへ蹴り倒して壊してしまった。
「ヨナ、座んなさい。あんたはもう何度も見たでしょ」
「えっ」
フーカの言葉で我に返ると、いつのまにやら背後に椅子が倒れていた。
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模型の後ろで動力役が、順番にハンドルを回し、スライダを動かす。
トーエの説明を聴きながら、ギミックが仕込まれた空母鳳翔の模型の動きを鑑賞する。
舷側エレベータで船体後尾からせり上がって、滑走路のスタート位置につく。
カタパルトは実現が難しそうなので実現するかはともかく、飛行機模型はレールに沿って、やたらにゆっくりと甲板を進み。
滑走路の前端からぽてんと落ちた。
「実際には飛行機が飛び立ちます。私たちがしたいことが、ご理解いただけましたか?」
<ウォル>氏は口元を抑えながら、震える声で言った。
「これは、実現可能なのですか」
「もちろん」
WW2からむこう、実例がいくつもあるし、横須賀で実物を見たこともある。
「あのねヨナ、この場で実物を知ってるのはあんただけよ」
と、小声でフーカ。
言われてみれば確かに。
この空母模型、なにか役に立つわけでもないのに操作に3人も必要で、悪く言えば『貴族の遊び』みたいなムダ感がある、趣味色が強いモノのように見えるのだが。
そもそもギミック付きの空母模型を提案したのは、私ではなく広報担当のトーエ。
提案したうえで、絶対に必要だと断言までした。
なぜなら『航空母艦』は、この大陸に無かったコンセプトだから。
また空母は戦艦の『ひと目みて用途が理解できかつ強そうなデカイ砲』みたいな特徴もない。
事前知識なしには見た目に使途不明な船なのだ。
言葉や絵で説明しても、すぐには伝わらない。
まだ震えが収まっていない<ウォル>氏の反応を見れば、プレゼンのインパクトは絶大。
模型で動かしてみせるという、トーエの判断が正しかったことがわかる。
「大きな船を作って、平らな甲板を用意すれば良いだけです。造船技術的には何の困難もありません」
非技術者である私すら不安になる大雑把なまとめ方でもって、ミッキは言い切った。
<ウォル>氏が何も答えられないまま、ミッキは続けて言う。
「一番難しいのはあなたが担当する、先ほど艦を飛び出した部分です。どうでしょうか?」
<ウォル>氏は、やられた、という仕草で額を叩いて、答える。
「確かに。細かい条件を確認しなければできると断言は難しいが、この模型の中で一番難しいのは飛行機を飛ばすことだ。
そして、ついさっき、できて当然だと大言してしまった」
しばし場を沈黙が支配する。
意思を確認する言葉を発したのは、イリス様だった。
「いかがですか?」
「前言を撤回させてください。
あなたがたが飛行機と私の仕事にかける期待は、私が想像したよりも遥かに遠い先にある。
技術者として誠実にお答えします。
とてもではないが必ず実現するとお約束することはできない。だが不可能とも考えていません。
ぜひこれを実現する飛行機を作るために、私のチカラを尽くさせていただきましょう」
私は否もなくうなずき、それを見てイリス様は、嬉しそうなのがちょっとだけ表情に出ていた。




