幕間:あまりに唐突な高速観測機『桃音』の飛翔1
「あら旦那様、またそんな低俗な雑誌をお読みになっているのですか」
「まあ、そううるさく言わんでくれ」
側用人は、主人が品がない雑誌を読むのがよほど気に食わないのか、ただでも多いシワを不機嫌で増やす。
だが私の興味は新刊の中身にあり、いつもは耳障りな小言も気にならない。
「なにしろ1ヶ月ぶりの新刊なのだ」
「そんな頻繁ですの。まるで百貨店の冊子ですわね」
それでも季刊が多い大陸の出版物からすれば発行頻度が多い。
「それに、馬鹿にしたものでもないぞ」
近ごろ大陸の一部で流通するようになった、イリス漁業連合の『機関紙』。
『社内報』なるものが元になっているこれは、絵と小説、クイズとパズル、ファッションに恋愛相談まで、さまざまな娯楽を収録している。
内容は低俗にして高尚。
性愛どころか異種間や同性も刺激的に扱う一方で、有名な詩や神話を引用し、社会への鋭い風刺が読者をハラハラさせる。
少女小説が、貴人である私でさえ知らない神話をさらりと引用してくるから油断ならないのだ。
知識階級の自尊心とプライドをくすぐるのが上手い。
「低俗は低俗です」
側用人はぱっと切り捨てる。
それもまた正しい評価ではある。
「ところがこの雑誌には、飛行機が載っているのだ」
「まあ、旦那様のご趣味ですわね」
飛行機について大陸で生み出される文章は、せいぜい年に3枚程度の短い論文ていど。
だが機関紙に連載されている『航空艦船班の日常コラム』は、ほぼ毎月新しく書かれる。
さらに、なにやら簡易な設計図やスケッチといった絵まで入っており、額に入れて飾っておきたいほど美麗なスケッチすら混じっていた。
最初は『掲示板』の報告欄だったところから『連載』をもらい、『航空艦船』について見開きページで毎号の特集を組んでいる。
初心者向きとあなどるなかれ。
数式こそ省略されているが、読むたびに飛行機理解について、頭の中にあった霧が晴れていく。
そもそも、飛行機の制作はまだ開闢をまだ抜けていない混沌の中にあり、設計理論など経験則。
既存の文章になっている理論は、せいぜい製作中に起こった出来事の箇条書きか、考えたことのエッセイ。
理屈が整理されているだけでもすごいのだ。
飛行機設計者の誰かが雷に打たれ、その並び直された頭脳の中身を惜しげもなく公開しているのだ、としか思えない。
そしてプロペラについて語るのに、たったの見開き2ページでは紙面が足りないし、一時が万事、その調子だ。
もっと膨らませて、数式も追加して本にしてくれと思う。
さて、他のページで良い感じに頭脳も温まったことであるし、今月の『コラム』を楽しむことにする。
目次からページを探す。
そしてコラムのページを開いてタイトルを読み、私は雑誌を取り落した。
「まあ、女の子の裸!?」
使用人は偶然開いたページを見て仰天していたが、私が驚いたのはそこではない。
「先月まで、翼型に何を選ぶかという話をしていたはずだ。
今月は、飛んだ?
そもそも『桃音』とは何だ。開発中だという飛行機の名前は『翠玉』ではなかったのか」
そこにはこう書かれていた。
『菱川重工廠製 試作観測機「桃音」の飛行に成功』




