幕間:皇国楽器と仮想敵
「イリス漁業連合が皇国楽器に発注?」
その情報を掴んだのは偶然だった。
我が国『東竜皇国』は、近ごろ『イリス漁業連合』を仮想敵と見なしはじめている。
その仮想敵である『イリス漁業連合』は、私の軍学校の同期だったレヴァが傭兵オチしたあとの新しい雇用主で、レヴァの趣味が音楽だった。
レヴァによる楽器の発注があるかもしれないので、網を張っていたのだ。
「ただし最初の発注はすでに1年近く前。量は少ないですが特注品で、いまも発注は続いているそうです」
「しかしなぜ皇国楽器に? 音楽隊でも作るのか」
「いえ、それが楽器を買ったのではないそうで」
「どういうことだ」
それから詳しい事情を話させてみたのだが、雲をつかむような話で要領をえない。
正しい発注元は『菱川重工廠』という聞いたこともない名前の工廠。
これが『イリス漁業連合』の麾下の工廠なのだという。
発注を受けた『皇国楽器』は、西竜皇国の有名な楽器工廠だ。
だから楽器を購入するならわかるのだが。
『菱川重工廠』は、オーダーメイド鉄管などの金属パイプを皇国楽器に作らせたらしい。
作るのは機械に使う部品だと言われたため、楽器でないならと皇国楽器は最初は注文を断ったという。
だが、皇国楽器と関係が深く本人も頻繁に楽器を繕う上客である、とある貴人から口利きがあった。
『詳細はまだ語れないが、すばらしい音を奏でるのだ』
などとまことしやかに語られてしまい、本人もオーケストラの主催などの音楽活動をする彼がそこまで言うなら、と。
渋々、言われたとおりの部品を作ったという。
また、発注された金属パイプの素材は持ち込み。
この素材については皇国楽器が結ばされた『秘密契約』とのことで詳細は不明。
だがやたらと品質のよい金属素材で、渋っていた職人がコロリと態度を変えて張り切るほどだったと、ウワサが立っている。
「その職人から『秘密契約』を聞き出すしかないな」
「しかし職人の身柄はともかく、後援したという貴人も大物です。
契約している職人も名うての有名作家ばかり。
何を作っているのかは気になりますが、まだ敵対もしていない国の無名な工廠から不明な発注を受けただけです。
手荒なやりかたをするのは得策ではありません。皇国楽器の工廠ギルドも黙ってはいませんよ」
「搦め手を考えるしかないか」
そうなると素材が持ち込みというのも問題で、購入資材から推測するにしても大きなヒントが失われていることになる。
イリス漁業連合と皇国楽器は、それなりに距離が離れている。
つまり部品を作らせるのに、金も時間もかかる。
何の目的があって皇国楽器に発注をしたのか。
まさか本当にただのパイプを作らせているとは、考えがたいのだった。




