ミッキの航空雑事 / 『未来』の不公平な分配
眠い。
べつに眠る必要はないのだが、ヒトだったころの惰性なのか、退屈だとなんとなく眠い気がしてくる。
艦長席のイリス様に侍って頭を撫でられていると、意識が曖昧に融けていく。
頬を預けている太もものやわらかさも格別だ。
「技術者の独創性というのは、いったい何なのだろうな」
主任設計士の<ウォル>がミッキに問いかける声をぼんやりと聞いていた。
「ヨナ様から提供されたという、この世にまだない『既存の航空機』のスケッチの数々。
あれは本当にすばらしいものだった」
思い出して語るだけで震えかける声に、人生を航空機の実現に捧げてきた壮年男性としての感動がこもっている。
「あれらの機体はすべて、まちがいなく膨大な技術の集積だ。
眼の前に実物がなく、手に入らないとしても、存在を疑う気にもならない。
もちろん各機それぞれ大小の失敗はあるのだろうが、何十年もかけて研究し、何百人という技術者の人生と苦悩、少なくないであろう試験操縦士の犠牲の上に、確かに実在している。
そして、我々はその完成された形状を元に、リバースエンジニアリングでコピーしようとしている。
なおかつ技術力が足りないから再現すら満足にできず、我々が必死になって作っている機体は、引き込み脚などを省いた劣化版にすぎない」
ミッキは端的に問う。
「いまの仕事、つまらないですか?」
「もちろん、最高に楽しいさ!
生きている間にはとうてい届かなかったであろう、長く遠い技術の産物だ。
知る喜びだけでなく、再現を通じて、誰より理解を深めていく楽しみは何ものにも例えがたい」
そこで一旦言葉を切って、続ける。
「だが楽しいからこそ、不安にもなる。
邪魔にしかみえない翼につけられた突起や、不思議な形状のインテーク。
すべてに意味があるはずなのに、それらを余すことなく理解するにはあまりに時間が足りない。
これから一生を費やしても、これらの飛行機を設計した天才たちには追いつけないだろう。
そのうえで、技術者として私にできることは、いったい何なのかと自問してしまう。
贅沢な悩みだとわかってはいるのだが。
ミッキ、君はどう思う?」
会話のボールを投げ渡されて、ミッキはしばらく無言のままだった。
耐え難いほど長い時間で、ミッキは計算結果のカラーマップを見つめたままであったから無視されたと思って当然の長考だったが、<ウォル>は慣れているのか、自分も仕事をしながら無言で返事を待った。
「これは、姉さんから又聞きした話なのですが」
そしてミッキが話し出す。
「ヨナさんの国には、木彫りの神像というのがあるそうです。
周囲から認められる優れた職人がいて、彼は神像を木彫りするという自分の仕事について、このように語ります。
『木材の中に神が埋まっている。職人は周む木材をどけて神を取り出す』
彼は芸術的な立体物を造形して世間に評価される人物でありながら、そこに自らの個性としての独創性や創造性はないと断言していました」
「芸術家というのは誰より独創性や創造性を最優先で追う存在のはずではないか? いや、最近いっしょに仕事をするようになって、気難しいだけという印象はだいぶ変わってきたが」
「技術者は最適な構造を探索する者です。
流体力学や重力といった自然法則はすでに決まりきっています。
乱暴に言ってしまえば、『最適設計』は必ず収束し唯一に定まる。
つまり見方によっては設計という作業は、世界の有り様という木材から、すでに決まっていた設計を拾い上げているだけ。
技術者は、個性に依存する創造行為など一切していない、といえます」
「その考えによれば、設計者の個性とは最適から外れた『非効率』部分であり、設計の失敗そのものだ」
ミッキはうなずいて続ける。
「『誰よりも先に発見した』という名誉はわかりやすくはありますが。
名誉は名誉であって、個性ではありません。
この場合における『独創性』という言葉が指すものは、そこにはない。
独創性を求めるなら技術者ではなく、芸術家になるべきです」
「個性や独創によるのではなく、『すでにある設計をこの世界から削り出す』か。
技術者らしくない詩的な言い回しだが、悪くない」
<ウォル>がうなずく。
「ありがとう。いますぐ納得できたわけではないが、何かが見えてきた気がするよ。
君は艦船を設計しているとき、そういう風に考えているのか」
ミッキは首を横にふった。
「いえ。私は、自分の気持ちいいことをしているだけです」
<ウォル>は、一瞬きょとんとして言葉を失ったあと、腹を抱えて笑い出した。
このヒトこんなに大きな声で笑うんだな、というくらいのあまりのうるささに、私の意識が浮上しはじめた。




