新浜デートエピソード4 / ダブルデートはナシで
全金属製実寸模型とは、なんとも豪華なものを作っている。
最初の実寸な木製震電は広報科(スタジオ5組)が独力でやったわけだが。
ただ、木製削り出しの風洞と実物では、作り方も結果できあがるものの品質も異なる。
実物と同じ工法・構造の金属加工ということで、いまは工員と人数半々でやっている。
彼らは器用に作業をしながら、丁々発止とやりあっていた。
「板の端が波打っているし、鋲をうつ位置が1cmもずれてる!」
「これだから職人は。建物大工という人種は大きいものを作らせるとすぐ細部は『この程度』で十分という甘えが出る」
「くうぅっ!」
「だがこっちを見ろ。平らを求めるあまり造形班はあろうことか鋲の頭を削っていたぞ! 塗料の下に隠れてあやうく見落とすところだった」
「これだから芸術家は。鋲を削ったら最悪空中分解することなんて常識で考えればわかるはずなのに」
「なんだって!?」
「我々が作っているものはまさに『飛ぶ芸術品』だが、いかに美しかろうが飛べなければタダの巨大な嘘の塊だ。
豚にも劣る虚飾のゴミになるということを忘れないでもらいたいな」
「くぬぬぅっ!」
という感じで工廠と造形班がやりあっているが、奥から出てきたトーエが穏やかな顔をしているから問題ないのだろう。
「いいの放っておいて」
「仲が良くてなにより、ですよね」
さてはわざと放置しているな、これ。
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工廠の奥の部屋に入ると、一転して全員が机に向かって仕事をしている。
一心不乱に図面を描いたり、一心不乱に菓子を食べている設計班。
『竹内』エンジンの取扱説明書で使う図を描いている広報科の画家。
他所から輸入したパラシュート(のようなもの)を検品している購買。
目につくのは、『勉強』をしている目の濁りがちな中年男性たちと、イリス漁業連合の幹部候補生。
幹部候補生たちはもちろんそういう基準で選んでいるので、座学は得意だ。
あくまで大陸基準であって、ヨナが求める日本人の教養道徳レベルにはまだ足りないが。
中年というか一歩手前の壮年男性たちは、掌砲長がツテをたどってヨナがスカウトしてきた『元竜騎兵』たちだ。
竜を降りた竜騎兵というのはおおむね身を持ち崩すもので、彼らもゴミ溜めみたいなところで淀んだ目で生きていたらしい。
ヨナいわく飛行機操縦士はエリートなのだそうで、竜と心を通わし背に跨るための訓練しかしてこなかった彼らは根本的に知力が足りていない。
だがイリス漁業連合の幹部候補生には得難い『飛行経験』を差し引き、テストパイロットとして彼らを採用することに決めた。
「調子はどう? 困ったことがあれば言いなさい」
「4x9=36であります」
九九ができるようになったのはわかった。
大丈夫だがだめそうだった。
「誰か彼に休憩のとりかたをおしえてあげなさい」
彼らは再度飛びたいという熱意はあるので見込みは十分なのだが、がんばりの舵取りは必要だ。
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トーエはいつも笑顔で忙しそうだが、『翠玉』下面塗料の打ち合わせをさっと済ませて、テストパイロット候補生たちの勉強を見ていた私に声をかける。
「今日はこれから、新浜駅まで?」
「ええ。第2幹線道路の落成式典を見に行くつもり」
「実はわたしたちも、見に行くんです」
「誘わないわよ」
無言。
「チセとのデートを邪魔するなって、ヨナに厳命されてるのよ」
お互いの意図はともかく表情には『あのヒトには困ったものですよね』という共感がここにはある。
「邪魔ではありませんよ」
「ふたりで楽しんで頂戴。こっちも一緒を歓迎したいところだけれど、ヨナがうるさいし」
ヨナはトーエがチセとの時間の減少に心を傷めているし、それを理由にイリス漁業連合をやめるのではないかと危惧している。
現実はどうかといえば、チセはトーエにべったり。
トーエは陸海空のすべての秘密を無制限に見回る立場であるため、チセはヨナやイリス嬢よりもはるかに機密のあれこれを見ている時間が長いくらいだ。
現状でやめると言われたら機密保持をどうするかが悩ましく、行動制限して監視をつけるしかないだろう。
殺処分は、ヨナが絶対にやらせてくれないし。
まあ、やめられる心配なんて本当はまったくしていないのだが。
「楽しいですし、職場にチセを連れ込んでいちゃいちゃしても怒られませんし、やめませんよ?」
「あたしの雑念まで読まないでほしいわ」
というか、その発言はヨナの邪推を肯定してはいないか。




