新浜デートエピソード1 / 宝石店と甘くないペアリング
「じゃ、艦長借りていくから」
「「「いってらっしゃい」」」
定時の業務終了にあわせた約束の時間、海防艦択捉<えとろふ>発令所からスイを連れ出す。
「フーカのほうから外出のお誘いなんて、めずらしいですよね」
あたしは仕事で艦に詰めていて、いつもはスイのほうが町へ誘ってくる。
スイは乗員に遊び友達が多く、トーエと仲がよいので新しい店や流行にも耳ざとい。
そういう話題がまた乗員との縁を深めて、スイはそういう形で乗員たちと上手く関係を作っている。
「仕事もあるからよ。今回の拘束時間ぶんは休憩時間を増やして調整しなさい」
「べつにいいんですけどね。定時には艦長席にいたほうがいろいろ楽ですし。
それに部屋で休んでるといつもフーカが来て、それで勉強が始まったり」
「職員を休ませないとヨナがうるさいのよ」
うるさいだけだし、形だけでも定時を守れという程度なので助かっているけれど。
「まずは近場の用事から済ませるわ。宝石屋に行くわよ」
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少女は掌砲長の古い知り合いで、鉱物資源の専門商。
表でやっている魔術具素材・宝石屋は店舗のにぎやかし半分。
本業は、いまいるこの奥の部屋でする鉱物資材などの取引に、希少素材や魔具にオーダーメイド品の手配だ。
「ききましたよ。イリス様の財布で自分の魔術具を仕立てさせたんですって?」
「儲かったでしょ」
儲かったけれど変なことに巻き込むな、と表情で答えられた。
「ペアリングとしてご用意いたしました。良いご趣味だと思います」
宝飾ケースに入っているのは、2個1対のリング。
指にはめるものとは少しサイズが違う。
「世辞よりも性能で満足させてほしいわね。もちろん最高の品なんでしょ?」
「うちの商会で最高の職人に作らせました。
『失せ物防止』にここまで手間をかけるなら金庫に入れろって言われましたよ」
「確かに見る限り、細工が正確だわ。あなたの実家は最高の職人を囲っているけれど、最高のデザイナはウチにいるのね」
「トーエ女史を囲うなんて大陸宝飾業界の損失です」
「もっと大きな仕事をさせているのだから仕方ないわ」
言いながら髪留めしていた魔石を外す。
「スイ、あなたも髪留めを」
「はい」
スイが外した髪留めとあわせて、1対の赤い宝石が机の上に揃う。
「この宝石、魔石ですね。何か魔術を入れているんですか?」
「適当な魔術を入れて使うつもりだったのだけれど、機会がなくてね。綺麗だから持っているだけよ」
「このサイズの魔石のペアがあるなら魔力通信機にだってなりますよ」
この魔石は入手性はそこそこ良い種類だが高い石なので、何も使っていないというのはたしかに少し不自然ではある。
「スイに魔力がないのよ」
「あー」
納得はしたようだが顔では『もったいない』と語っている。
さすが商人だし、あたしも希少資源の無駄遣いだと思う。
だが使い切った魔石は強度を失って砕けてしまうので、この石を使うつもりはない。
「落とし物探しの魔術を込めたほうがよかったのでは?」
「それだと身を隠した時に探知される危険があるのよ。スイに魔術のオンオフなんて芸当はできないし」
以前、この赤い魔石の髪留めゴムが壊れたのを、スイに直させた。
だが戦闘になってどこかに飛んでいく可能性を考慮して、魔術具をつけることにしたのだ。
「あたしたちの名前はどこに刻んだの?」
「リングの裏側に刻印しました。この石は赤が濃いのに透けますから、覗き込めば読むことができます」
宝飾ケースに収まったリングの脇には小さな布袋がついており、リングの付属品であることが伺えた。
「名前を入れるなんて、なんだか靴や鞄みたいですね」
イリス漁業連合で靴やカバンは支給品なので、区別のために名前を書く。
海洋技術学園の学校らしい部分でもある。
「付属品としてリングにつけられるよう、こちらもご依頼のあった小さなネームプレートにも刻印してあります」
『ネームプレートの刻印が読める』必要から板がすこし大きいきらいはあるが、全体にかわいらしい。
制約がある意匠から生まれた装具には見えなかった。
必須要件を厳守したうえで外観を美しく整える、トーエらしい意匠だ。
「わ、羽根の髪飾りまでついてるんですか? かわいい! ありがとうございます、フーカ」
「ドッグタグよ」
「えっ」
ゆるんだ顔をしていたスイが驚愕してあたしを見る。
「なに驚いてるのよ。あんたが死んだらこの魔石で死体を判別するのよ」
艦長・副長は支給のドッグタグと別に、予備として同等に身元証明を兼ねる装飾品の自弁を許されている。
「うう、かわいくないです」
落ち込むスイにあたしは言う。
「かわいいって言っていたじゃない」
「見た目のことではなく」
魔導金属のリングに魔力をこめてから、石をはめこむ。
先に身に着けてスイにみせる。
「どう?」
「すごく綺麗です。かわいい」
「当然だわ。さ、あたしが直に手配をしたプレゼントよ。喜びなさい」
スイはどうあれ単純だし、おしゃれにも興味のある年頃の女の子なので、かわいいアクセサリィのプレゼントで機嫌をもちなおす。
あたしを真似するように、身に付けた髪飾りを見せつける仕草をとる。
「あらためてお揃いですね」
「そうね」
あたしは姉からのプレゼントのことを思い出す。
赤い石を身に着けて無邪気に笑うスイを見ながら、少しだけ妹としての自分のことを思った。




