幼女の戦理 / 霊山のヒト喰いと巫女殺し
「身体ができていない子供でも、後先を考えなければまあちょっと動くくらいはできるぬ」
びっという空気を裂く音をたててアルゴが木刀を振り下ろす。
イリス様がちょっと遅れて空を切った刀身をよけながら受け身をとる。
イリス様の子供の身体で鍛錬はできないが、受け身や格闘術の見稽古はもう始めていた。
伯領地家の近衛や外部の剣の講師を呼んだりすることもあるが、きょうはアルゴとフーカが模擬戦を見せている。
「ただ、戦うのはやっぱりおすすめしないぬ。頸動脈にかすっただけでも死ぬし、死ななくても痛くて動けなくなるかもしれないからぬ。
痛みへの耐性はヒトそれぞれだぬ。腹を突き割かれても突っ込んでくる騎士もいれば、100人殺したことがあっても画鋲を踏んだ痛みで動けなくなるやつもいるからぬ」
「それって実体験?」
「そうだぬ。あれは痛かったぬ」
アルゴは広報科を兼任なので、ポスター貼りも業務にある。
素足で画鋲を踏む機会があったのだろう。
「家出のときは凍傷で痛みまで消えていてよかったぬ。それに魔族の再生力があったから指も失わなくて済んだし助かったぬ」
向きを変えて、イリス様に見せるためにフーカに斬りつけ、フーカは避ける。
アルゴは肉付きは良いが身長は低めで、フーカのほうがやや背が高い。
動きもあいまって、アルゴがフーカに挑む構図に見える。
「基本的に戦闘術というのは同体格や格上との戦いを想定しているぬ。
相手がプロであれば特にその傾向は強いけれど、」
フーカとのシャドーイングのような攻撃を、膝より下のみに切り替える。
「肉食系の地を這う蜘蛛人とか小柄な戦闘種族も多いぬ。
対応するための技もあって、そういう手練には子供ゆえの有利も通用しないぬ」
フーカはブーツをカマキリの鎌のように持ち上げて、木刀をサクサクとさばく。
「ヨナの知っている日本の武術と違うところね」
フーカが私だけのための注釈を入れる。
私にはわからないが、たぶんアルゴが見せているのが小柄な敵へ対処する戦型なのだろう。
「アルゴ、あんたのは手筋が荒くて見稽古には向かないわ。代わりなさい」
入れ替わってアルゴのブーツがバシバシバシ、と小刻みに良い音をたてはじめる。
フーカは見稽古のために型を守った見やすい動きで、いくつかの技を見せてくれた。
フーカが指でちょいちょい、とイリス様の護衛をしながら状況を見守っていた男性騎士のボーアを呼ぶ。
「手伝いなさい。
イリス嬢、これから戦う相手は大柄な戦闘のプロよ。デモンストレーションにはちょうどいいわ」
イリス様を守る伯領地家の近衛で、最近は漁業参加が多い。
イリス漁業連合の幹部候補生でもあり、本人が良ければそのうち艦長にしようとフーカが言っている。
フーカに渡された木刀で斬りかかるのを3打ほどいなされたあと、フーカが懐に入り込んで、そのまま柔道の投げ技をきれいに決めた。
「よく鍛錬してるわね」
「気遣いは不要です」
ボーアはプロの騎士だから表面は冷静だが、強い悔しさが表情に滲んでいる。
「早いうちから技を見せておくけれど、イリス嬢の体格ではまだ、てこの原理で投げるのも無理だわ。
せめて中学生くらいになったら、投げ技くらいは教えてもいいんだけれどね」
「さっきのなんだぬ?」
「柔道。適当に再現しただけのやつだけど」
アルゴは体術系に興味があるらしかった。
それからアルゴとボーアの打ち合いがあり、型の訓練もしている大柄なボーアに対して自由形のアルゴが良い所まで行ったが3連敗した。
「アルゴはやはり怖いですな」
「フーカじゃなくて?」
実力はフーカのほうが上のようだが、一方でアルゴのほうが実戦経験は多いらしいのを思い出す。
「やっぱり実戦経験をつんだ相手のほうが怖いってこと?」
「いえ、俺はイリス様の近衛ですが、実戦訓練と人手不足もあって捕物に出たりもします。悪人や殺し屋だって相手にしたことがありますよ。そういう恐れではありません」
ちょっと失礼な質問だったかもしれない。
「その経験でいいますと、殺しの経験というのはふつう拭えないものなのですが、アルゴには殺気がないのです。だから読めない」
「家を出た時に100人くらい殺したはずだけれど、いまだに殺意とか殺すってよくわからないぬ。
することは、腕を落としたり、心臓を突いたり、頸動脈を切るだけだからぬ」
アルゴ的にはそうすると相手が勝手に死ぬ、みたいな感覚なのだろう。
「だからヨナに楽しかったのか訊かれたときは意味がわからなかったぬ」
うーん、と困惑しながら、アルゴは言う。
「こんど機会があれば、楽しめるか試してみるぬ」
「いや別にいいのよ」
アルゴがしたくないなら戦わせるつもりはないし、別に試す必要はない。
楽しくて癖になったりしたら困るし。




