対空艤装個人魔術具『イリスヨナの碇』3
イリス様が魔力をこめて、金属塊「イリスヨナの碇」を空中へ放つ。
1回目は火球でリボンが燃えて千切れ、1mも飛び上がらずに自由落下した。
2回目、ぱっと空気の爆ぜる音を鳴らして、地面に突き刺さる前に2ホップ空中を飛ぶ。
「やり方を勝手に変えたわね。火球ではないわ」
じろりと睨むフーカに、イリス様は特に気にする様子もなく答える。
「火球を作るより空気を召喚するほうが簡単だった」
「初級魔術のファイヤボールより無詠唱での物体生成なんて、やっぱりイリス嬢の魔術は偏ってるわね」
金属塊を飛ばす圧縮空気というのはかなり威力があるのではないか。
「フーカ、もしかして魔導索リボンを通さずに召喚しながらパンチしたら、イリス様ってすごく強いんじゃ?」
「イリス嬢の腕が吹き飛んでもいいならね」
「それは絶対にダメ」
即廃案だった。
「イリス様も試そうとされないでください」
「ヨナあんた、本当に気をつけなさいよ。あんたが適当なこと言うと、イリス嬢は考えもせずにすぐやろうとするわよ」
「イリス様、拳の先に集めた魔力を抜いてください」
「わかった」
フーカが小さくうなずく。
「まあこんなものかしら」
「1発目から飛ばせたフーカがおかしいんだ。普通は練習してもできん」
掌砲長はちょっと呆れが入っている。
「イリス嬢、コツはわかった?」
「わかった」
「あとはヨナに任せればいいわ」
「へ?」
「ヨナ、よろしく」
魔力の制御とともに、イリス様が碇を飛ばした記憶までぽんと渡される。
「イリス様、感覚共有よりも深く同期するのは、負荷がつらいのではありませんか」
「大丈夫。ヨナはつらい?」
「いえ。そのようなことは」
イリス様を近くに感じる幸福感で膝が砕けそうなこと以外は。
「ですが、制御しろと言われてもどうすればいいのか」
たしかに私は制御人格として、古代戦艦イリスヨナを手足のように動かせる。
けれど『手足のように動かせる』という言葉の意味は『どうやって動かしているのか自分でもまったくわからない』ということだ。
『あなたはどうやって歩いているの?』と問われるようなつらさがある。
困る私に、フーカのアドバイスはどこか投げやりに聞こえた。
「ミサイルの姿勢制御の転用でいけるんじゃないかしら」
「そんないい加減な」
「護身具なのよ。イリス嬢の命がかかってる。真面目にやりなさい」
それを言われてしまうと是非もない。
「ヨナ、できそう?」
「やってみます」
イリス様の身体も任されているが、魔力の行使は身体の姿勢とは無関係なようだ。
困惑する私に気づいたイリス様の中で、魔力の使い方が変わる。
「ヨナ、これならわかる?」
「あ、ありがとうございます」
イリス様の魔力を私が直接うごかすのではなく、イリス様を経由する。
私が古代戦艦イリスヨナとして出した座標を伝えて、魔力の操作はイリス様がするという流れで、簡単に制御ができた。
「じゃあやってみます」
イリス様が、紙飛行機を飛ばすよりもゆっくりと金属塊から手をはなす。
火球を使って火が出るフーカよりも地味だが、大きく断続的な空気音とともに、木の葉のように舞う。
「やっぱり常時出力があったほうがミサイルに挙動が近づくわね」
イリス様の召喚で空気圧を生み出す方法はイリスヨナの飛翔体制御シミュレーションでやりやすい。
最終的に、その日のうちに作成済みだった空中碇を2本、同時制御までできることまで確認した。
----
「じゃあ試作品はあたしが引き取るから」
「フーカも使うの?」
「艦隊に対空兵装が必要でしょ」
無骨な試作品の空中碇4本を軽々抱えるフーカ。
なお、イリス様用は、フーカの試作品より一回り細く、刻印が刻まれている。
「さすがに働きすぎだわ。艦長と作戦部長と対空兵器を兼任するつもり?」
「戦闘中の艦隊指揮は提督がするわよ。艦は預けても動くようにあたしが訓練するのだし。
対空って言っても、艦載機が殺到したりミサイルが飽和攻撃してくるわけでもないしね」
こともなげに言うフーカに私は疑義をとなえるが、フーカが大丈夫と判断しているなら、任せた以上はこれ以上反対するべきではないだろう。
「無理はしないでね。もちろん判断はフーカに任せるけれど」
掌砲長だけは、かかった費用と手間を思い出しているようで、フーカをにらむ。
「その想定なら槍でいいんだよ。なのに、わざわざ高価な専用品をこしらえさせやがって。
弾切れしないのをいいことに、どう考えても対多で対空戦闘する気マンマンなんだよなぁ」
ジト目でにらまれているフーカは涼しい顔。
「イリス嬢の護身具の余った試作品で防空できるんだから、安あがりでしょ?」
こうしてイリス様の護身具のついでに、フーカは艦隊の対空兵装を手に入れたらしかった。




