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幕間:『あの娘は死なないわ。私が殺すまでは』

蜘蛛人ことアラクネの女は俗に、情が深く残忍で、嫉妬と執着が強いと言われる。

だがそれは古い時代の偏見と不理解による、まったくの嘘デタラメだ。


いや、全くというのは言いすぎか。

個人による。


そして私はどうやら、その『情が深い』アラクネの女だった。


教会人の仕事を終えたあと。

あの方のために、自室で四角い木の枠に蜘蛛の糸を編みつける作業をする。


約束の時間より少し早く、エーリカ様が私を部屋まで訪ねてきた。


「今日も編み物? 熱心よね。好きな相手でも出来たのかしら」

「エーリカ様もお人が悪い」

「別に宗教人の恋愛がタブーという時代でも組織でもないでしょうに」

「あの人の邪魔にはなりたくないの」


幽霊妖怪のたぐいは気性が合う者には憑きやすい。

そして私は、『搦女蜘蛛』などという執着の妖怪が憑くのに適した魂の形をした女だ。


それでも、ヨナ様に拾って頂いたあの日。

生まれてこのかた疼いたことも一度もなかった卵胞が突然妊娠可能になって、後ろ腹が3倍の大きさに膨れたときはさすがに、自分の心に芽ばえた執心が恐ろしくなった。


修道女の格好はもともと様々なヒトの体格を隠すためのものだから、私の初恋は教会の同僚にはバレなかった。

今は薬を飲みはじめたので、卵胞の大きさもおちついている。


もし地元で同族と暮らしていたら、腹が膨れればすぐ恋がバレる。

そうなれば、たった一日で卵胞が熟れきるほどに熱をあげた『お相手』はどんな奴かと詮索されて大変だ。


父と母はどんな反応をしただろう。

娘が恋した相手は不思議な女性の船なのだと話したら、応援してくれただろうか。


「とんでもない人たらしよね、あの娘」


エーリカ様を見る。


その言葉こそ、『たらされた』者特有の言い回しではないか、と視線で問う。

が、エーリカ様はそれをさっぱりと否定する。


「安心しなさい。ヨナを盗ったりはしないから。

だって、あの娘は私の敵だもの」


敵。

私の敵。ヨナ様の敵。

お義母様。


連想して私の手が止まる。


憎むべき、恨むべき、蔑むべき相手であるはずの、『敵』という言葉をこんなに誇らしく語る人を、私は他に知らなかった。

敵を語る口調の端々、表情のあちこちに、でも確かにヨナさんへの『特別』な感情を読み取れる。

それは、恋に酔い狂った女の、歪んだ目にはそう見えるというだけだろうか。


私のとは明確に違うし、理解できない精神構造だけれど。


「敵の味方が増えたというのに、どうしてそんなに面白そうにしていられるのか、私にはわかりません」

「弱いから敵と定めるのではないわ。脅威であるからこそ敵に値するのよ」


エーリカ様の言っていることが、私には意味さえわからない。

たぶんそれは、答えをあらかじめ知っていなければ言葉の意味を取ることができない。


私は最近、エーリカ様が敵としてのヨナさんを語る言葉の中に、探求の果てに至った者たちの言動に近いものを感じている。


宗教は問わない。

至った者たちは、信じる神がどれほど違っていても、結論が逆であってさえも、どこか似通う。

それは聖人であり、あるいは狂人である。


元から児童らしからぬ人物だったというのに。

エーリカ様の『中身』はいったい何になろうとしているのか。

ヨナ様の敵が、私には心の底から正体不明で恐ろしい。


そして恐ろしいのは、いまのエーリカ様の言動だけではない。

ヨナ様を紹介された、あの日のやりとりを覚えているから。


----


「というわけで、あなたをヨナの相談役に指名します。あの娘の相談にのってあげなさい」

「でも、私は、周囲に死を撒き散らす呪いの女ですよ」

「教会に属する宗教者がそんなことを言うなんて変な話ね。あなたの周囲の不幸が呪いだとすれば、発見と対処はあなたたちの専門分野でしょうに。

でも大丈夫、心配はないから」


エーリカ様は悪意のない、あまりに純粋すぎる笑みと共に、真実こう言い切った。


「あの娘は死なないわ。私が殺すまでは」

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