母港空襲 白昼の奇襲
白昼の平地に燃え上がる火炎。
造船所の工員たちが逃げ惑う。
透き通った晩夏の青空へ、灰色の煙が何本も垂直に立ち上がっている。
白昼堂々の空襲だった。
上空から吐いた火炎で地を舐める騎乗竜。
背の上で魔杖が振られ、放たれた光がつぎつぎと地表を穿つ。
ほとんど完成していた艦橋の後ろに火煙を背負って、択捉型海防艦が中央から折れて燃えている。
幾何学模様でナスカの地上絵を描いたような造船所エリアのドライドックが、塹壕で死体焼却しているような惨状を呈していた。
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古代戦艦イリスヨナは大河へ入り、造船港へ向かって遡上中。
古代戦艦イリスヨナは空襲の開始時点では洋上におり、いままさに空襲の現地へ到着しようとしていた。
副長が自ら丸窓から上空を見上げつつ、艦橋の第2発令所からの観測とイリスヨナによる観測結果を統合して報告する。
「空中にある敵は12騎、空軍のみの独立部隊としては大所帯ですね」
母港に襲撃が成るような動きがあればレインあたりが事前に掴んでいるはずで、ありえない襲撃である以上、大戦力も驚くに値しない。
「地上への攻撃のようすから、全員が魔術師クラスの魔力保持者で組まれた精鋭部隊と思われます」
建造中の人造艦船だけでなく建造物に工員、あらゆるものが破壊されあちこちで火の手が上がっている。
地上は被害が大きく混乱していたが、意外なことに工員たちは組織的に抵抗していた。
試作の対空機銃が持ち出されている様子が見える。
実装前の砲塔まで、露天で弾薬を運び込みながらむやみ打ちをはじめた。
しかし、機銃弾は職人手作りの試作品であり、たちまち打ちつくし。
平射砲はいま上空にある竜騎兵には砲口を向けることすらかなわず、丘の向こうにクレータを作る賑やかしにしかならない。
工員に含まれる魔力保持者による、資材の槍投げが始まる。
これが一番効果的で嫌がらせにはなるようだが、鬱陶しがられてしまえば相手はプロ、一転して反撃を受け、逆に周囲を巻きこむ被害が広がっていく。
「本艦から攻撃して焼き払いますか?」
「もちろん」
当然、降りかかる火の粉は払う。
だが問題もある。
対空散弾の残弾がもうたった3発しかない。
「でも、掌砲長がいない状況で、数打つしかないわね」
掌砲長なら、適切なねらいで龍騎兵に子弾を当ててみせるのだろう。
ヨナだけの照準では、散弾の効果範囲に収まるよう弾体を誘導制御するところまでが限界だ。
古代戦艦イリスヨナにプリセットされている飛翔体シュミュレーションはミサイルが主で、竜騎兵の進路予想はできない。
フーカもいないし、とくに妙案はない。
弾種をカンバンにしたことをフーカに文句言われるだろうが、地上の損害を放っておく選択肢はない。
幸いなことに、竜騎兵たちは接近する古代戦艦イリスヨナに気づき、標的を地上から本艦にかえて集結しつつあった。
攻撃が集中して袋だたきになるだろうが、地上の損害は減るし、マトのほうから集まって来てくれるのは都合が良い。
「イリス様、全弾打ち尽くすことになります。
今後の対空に支障が出ますが、よろしいですか」
「許可します」
イリス様は常のままに了承する。
「敵がすべて対空散弾の効果範囲に収まるまで、しばらくのあいだ耐えなければいけません」
「ヨナの思うままに」
「ありがとうございます」
たちまち旋回する騎乗竜に囲まれる。
「攻撃来ます!」
先行する3騎が各々吐くブレスを浴びて、艦橋が火に包まれる。
『艦首、垂直発射管甲板の表面装甲に腐食発生。艦橋部の外装が焼損貫通』
「イリス様、回避のふりをします!」
取舵の旋回を、古代戦艦イリスヨナの全力からみてはるかに低速でかける。
副長が身じろぎひとつせず見つめる目と鼻の先で、丸窓の全景が火の手に包まれた。
「第1発令所に被弾あり、損害ありません」
報告は明瞭、口調は平坦なままで振り返りもしない。
「艦の運用に支障はありません。イリス様、このまま行きます」
「爆撃装備の重騎乗竜が接近!」
ブレスによる牽制の中で、魔術による雷撃が艦首甲板に炸裂。
2本の発射管からイリスヨナの船体が火炎を吹き上げる。
『5番7番の垂直発射管が大破』
「副長、状況は!?」
「ほか7本の発射管が使用不能。装填ずみの弾頭は局限のため自律自爆したことを確認しました」
爆発の瞬間、隣にある艦長席に座るイリス様の小さな肩が衝撃で揺さぶられたのを見てしまい、胸が苦しくなる。
イリス様には安全なところにいて欲しい、本当は華奢な身体を小揺るぎもさせたくない。
「イリス様、対空弾頭は無事です、続行します」
「任せます」
それでもイリス様は私に身を委ねてくれる。
空中の竜騎兵はブレスを集中して、爆発とともに破損した艦首の発射管を焼き広げようとする。
だが無視。
「もうすぐです」
遅れてやってきた重竜騎兵2騎が爆撃体制に入る。
おのおの吊り下げた攻撃用魔術垂や爆薬の安全帯を外し、弾帯に刻印された呪文に発光。
「きました」
「効果範囲に入った!」
『発射管ロック解除、緊急開放』
すべての竜が効果範囲内に入った瞬間、古代戦艦イリスヨナの発射管3本のロックを外す。
『対空散弾3、全弾発射』
内圧で外扉を押し上げられた中央部垂直発射管から、間髪入れず3発の対空散弾をすべて発射。
妨害する間もなく弾体3発が低空の定位置にたどり着き、同時に炸裂。
炸裂した子弾が空中の敵集団をすべて覆うように球形の効果範囲を作り出し、イリスヨナの甲板まで固体の雨を降らす。
白昼の青空にタンポポの綿毛のような煙の雲が生まれ、水面のイリスヨナを飲み込むように潰れて広がった。
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「やっ」
た、と言い切る声を、濡れたものが潰れるような大音がかき消した。
もとは騎乗竜だった燃える肉の塊を、重力が前部甲板に叩きつける音だった。
前面の無力化ずみ目標に興味のない副長が、周辺状況を確認してから言う。
「どうやら脅威を排除できたようです」
『確認された敵12騎全機の撃墜を確認。周囲に他の飛行物は確認されず、上空に飛翔する物体はなし』
イリス漁業連合の本部、造船所に対して空からの不意の襲撃。
地上施設における初被害となった空襲は、こうして終結した。




