幕間:美少女ガチャは悪い文化侵略1
同郷の同期で、戦場に出てから仲良くなった。
いまでは故郷の親友たちより親しく感じている戦友が、焚き火を囲んだ食事の途中で、ぽつりとつぶやく。
「オレ、複乳いけるようになったわ」
カレーのスプーンを落とさなくてよかった。
「お前、俺達の田舎じゃ戦場帰りは同族と見合いだろ! どうすんだそんな」
「べつに同族ダメになったとは言ってねえよ! ただ『ふうらたん』の母性あるエロさがわかるようになっただけで」
母性とエロさという単語が結びつかなかったために一部の言葉を聞き逃すことになったが、それは幸福なことでもあったろう。
「というかお前もよく考えろよ、おっぱい2つでもエロいのに、それが4つもあるんだぞ!」
「だからって倍エロいってことにはならねえよ」
「なるんだよ!」
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「おれ、この戦争が終わったら駆逐艦勤務めざすわ」
カレーのスプーンを落としてしまった。
不幸なことに彼らは士官で、泥汚れと縁が切れない兵卒とちがい、カレーのシミが服につくと面倒なのだ。
ちなみにカレーとは近ごろ大国アルセイア勢力軍で食されるようになった黄色いスパイスのシチューだ。
物流が悪い戦場で、湯を沸かしてルーを入れれば体積が増える、具に何を入れてもおおむね美味いので士気が上がる、なんならちょっと腐っている食材も誤魔化せる、という性質が前線でウケている実情もある。
「おまえ軍人のキャリア捨てて商人になるつもりか」
「イリス漁業連合の人材採用、元軍人士官は優遇されるんだそうだ。
イリス漁業連合はいま急成長してるし、儲けたり偉くなりたいならけっこういいチャンスなんだよ」
その話は彼も知っていたし、心惹かれるのもわからなくはなかった。
陸軍指揮官の椅子はそう増えないのにライバルは多いので、倍率が高く出世の門は狭い。
艦隊勤務は艦と共に沈むことになるかもしれない危険な仕事。
だが一方で、出港した艦が沈む以外は、野外でいつ敵襲があるかわからない陸兵よりは、はるかに心休まる職場な気もする。
「だがお前、本当はそんな理由じゃないだろ」
任官された時に買わされた(そう、支給ではなく給料前借りだ!)、方位磁針の裏側に仕込むようになった紙切れのことに気づいていた。
「いかづちちゃん」
イリス漁業連合海獣駆逐艦1番艦『雷』、公式擬人化イラストのブロマイド。
「ああ、いかづちちゃん。全長115m総排水量2500t主砲30cm副砲120mm2基4門(ただしすべて公称値)、かわいい」
「いやまずいだろ」
貴族であればありえなくはないが、貴族であっても後ろ指さされて悪い噂をされる見た目年齢差だ。
というか相手があらゆる意味でヒトではない。
「本気なんだよ!」
「本気になったらもっとダメだろ」
お前は乳のデカイ女が好きだったはずだろ、俺とそういう店でいちばんパイのデカい嬢の指名を取りあったあの日の思い出はなんだったんだ全部演技だったのかよ、と頭をかかえる。
「せめて休みをとって彼女に会いに行きたい」
「会いに行きたいって、まさか艦の『雷』にか」
真剣にうなずかれてしまう。
某古代戦艦制御人格が聴いたらその時点でスカウトに飛んできそうな会話を、幸か不幸か他に周囲の誰もきいていなかった。
「イリス泊領地って辺境国だろ。ここからどれだけ離れてて、行くだけで何日いくらかかると思ってるんだ」
少しは冷静になってほしい。
「ここで軍人やってれば、また補給物資の運搬に来るだろ。その時よく眺めればいい」
返事もしない艦の姿を見れば、こいつも冷静になる、なってくれる、なってほしい、くれるといいなぁ。
そわそわしだす様子を見て、自分の期待が空虚なものに思えてしまった。
いや最近忙しかったからな、疲れているのだ、きっと。
「つぎに彼女がくるのいつかな。というかこんなクソ戦場に来ちゃダメだろ、こんな小さくてカワイイ子が。
守ってあげたい。守るためにはやっぱり乗艦してつねにそばにいてあげなくちゃ」
まずこいつがヤバイ目をしている、こいつから守らなきゃだめなのでは、血走ってる、と思った。
「いや守るっておまえ、その艦この前、敵のエリート騎兵部隊を壊滅させてた艦隊に参加してた艦だからな」
「かわいいうえに強い。やっぱり最高じゃないか」
もしかして会話が成立していないのでは、とここまで話してやっと疑い始めた。




