艦隊寄港地の夜3 / 幕間:ロイヤル疑似姉妹の会話
スイへ艦隊の状況を報告したあと、入浴上陸からひとりだけ先に戻ってきたアルゴを見かけた。
「あら、もう戻ってきたのね」
「そういう気分じゃないからぬ」
それは今日だけのことなのか、いつもは違うのか。
「やっぱり気になるかぬ?」
「いや、その」
口外を要求するべきでないプライバシだし、それにゴシップに興味を示しているようで品がない。
「ロイヤル義姉、怖いなら、べつに無理して話しかけなくてもいいぬ?」
「わたくしは」
「マジメだからぬ、同僚で義理姉妹だから仲良くするのも義務のうちみたいに自分を追いつめてるんだろうなと、」
「そんなつもりではありませんわ! アルゴが良い子であることはよくわかっていましてよ」
言葉を遮り手を握るが、強く握ってもごまかせないほど、指が震えている。
「いや、良い子はヒトを殺さないぬ?」
真顔で返されると困る。
「わたくしは、自分が恥ずかしい」
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身体的特徴を指摘されて『エルフ族ですわ』なんて答えるのも飽きてしまった。
きかれても疲れるだけ、鬱陶しいと思っていたのに。
イリス漁業連合の面接のあのとき、黒い狐耳幼女は容姿以外になんの特別さも感じさせない重みのなさで話す。
「いや、ヒトの身体的特徴をどうこう言うのは、たとえ褒めるのだとしても、礼節がないし好ましくないことなのよ。
とうてい現代文明人がして許される言動態度じゃないわ」
「あんたね、アルゴの角とはどう違うのよ。さっきめちゃくちゃ絶賛しながらがっつり撫で回してたじゃない」
「というか『エルフ族』って何だっけ?」
知識欠如に対してキレ気味テンションのフーカから説明を受けるヨナは、正直あまり内容に興味がなさそうだった。
「差別用語であるならよけいに、言及するのは避けるべきかと思うのだけれど」
「差別というよりむしろ、本人たちが自尊心のあまり高慢になりながら自慢してる感じよ」
レク後、ヨナの感想は蛋白の極みだった。
「弓の扱いと、長生きねぇ。掌砲長のほうが艦砲の扱いが上手いし、副長たちのほうが長く生きてるじゃない?」
「比較対象がおかしいのよ」
あまりに自分と自分の種族に興味関心が向けられていないという、はじめての経験。
自分で気づかないうちに怒りすら湧いていた。
『種族の誇り』などと言いながら家内政治に明け暮れる家族を嫌っていたはずなのに。
体験したことのない相手の無関心に焦るあまり、つい嫌っているはずの『エルフらしい』ことを言ってしまった。
「エルフは長寿ですので様々なことに経験豊富ですわ」
「すごいです。どういったご経験があるんですか?」
スイの言葉がトドメだった。
悪意などカケラもない、反復のような中身のない言葉が。
エルフという種族がどうであれ、自分自身は何も社会経験のない箱入りの家出娘でしかないのだと、突き付けられて。
その後、何を話したのか覚えていないし、どうして自分が採用されたのかはわからない。
が、あれよという間に教育され重用されて。
3番艦『佐渡<さど>』の『艦長』にまでされていた。
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そして地上戦。
アルゴの経歴については最初のころにきいていた。
たくさんヒトを殺したことがあるけれど、理由があるのだと理解しているつもりだった。
しかし両断惨殺するアルゴが楽しそうにしているのを目の当たりにすると、自分の不理解と寛容なフリが暴露される。
アルゴが怖かった。
作戦前、フーカは言った。
『もうそろそろ、ヒトを殺すのに慣れてもらわないと』
択捉で掌砲を担当していた時、敵艦を撃破して、ヒトを殺したという実感はなかった。
3番艦『佐渡<さど>』の艦長になって対地砲撃作戦をおこなった際、弾け飛ぶ兵士たちを遠目に眺めて感じたのは業務への達成感。
だが地上戦でアルゴが殺戮をはじめて、血を撒き散らす義妹を見て感じたのは、頼もしさではなく恐怖だった。
戦闘中には私も弓で敵を殺した。
暴れるアルゴに魔力も殺意も乱された場だったから、的あて通りにやったら命中した。
私が放った矢の1発目は、熟練兵が感じ取れないほど殺意が希薄。
弓をひく意味を理解できていなかったし、指が震えたのは1人目を殺したあとだった。
いまも殺人の実感がない。
弓をつがえた指先にヒトを殺した感触がないことが、恐ろしい。
戦いのあとずっと、すべての感情が胸の中で暴れまわっているまま。
アルゴを義姉として誇らしく思う。
活躍できていない自分が恥ずかしい。
めのまえに立つかわいらしい殺戮手が怖い。
全身が強ばる私に、アルゴはふわりと笑う。
「これまで通り、なんて無理は言わないぬ。ヒト殺しが怖いとか気持ち悪いとか嫌いとか、当たり前の感情だぬ」
親しいはずの相手から、自分へ恐怖の感情を向けられている。
にもかかわらず、アルゴには不快やとまどいはカケラもなかった。
「ロイヤル義姉はすっごくマジメだし、まあだから、無理をしてほしくないぬ。
義妹を好きでいなくちゃ、ヒト殺し相手に慣れなくちゃいけないって、それはふつうに無理なことだぬ。
私とは距離をおきたければおいてほしいし、遠慮はいらないから、怖いなら怖がってほしいぬ」
でもそれから、すこしだけ困ったように首をかしげて。
「それでいつか、できれば、また仲良くしてくれたら嬉しいぬ」
そう言って手を振りほどこうとするものだから、思わず強く握りかえす。
「あ、いっ、いま、」
本当はいますぐ大丈夫だと答えたかった。
「いまはすこしだけ、待っていただきたいのですわ」
でも振り絞ることができた誠実な言葉は、それが精一杯だった。
「本当にまじめだぬぅ、ロイヤル義姉は」
今度こそ本当に困ったなという顔で、アルゴはほっと息をひとつついた。
「まじめだから、仕方がないヒトだぬ」




