解決編1 / ヨナの仮病、レインの告白
私が喋れないうちに、あれよあれよとレインはイリスヨナの帰りのお客様ということになってしまった。
もしかして副長、イリスヨナでの運送業にノリ気だったりするのだろうか。
運賃には天使長が滅茶苦茶な額のイロをつけてくれた。詫びというか礼を兼ねているのだろう。
一応、暗殺事件直後ということで別料金で警護料、という建前もばっちり手を回してくださる。
「私はまだ回復しきれていないので、すみませんが副長とイリス様で、天使長へのご挨拶をお願いできますか」
「わかりました」
「ヨナ、寝ててね」
すみません。腹芸は得意ではないのです。
私はついこの前まで普通の市井の民だったので、天使長を前にして、皇女のような演技ができるとはとうてい思えない。
できれば、あの天使長をイリス様に近づけたくないのだけれど、ここで出ていかないのは明らかに不信に思われる。
イリス様には何も言わないでおくのが、一番安全だ。
私はあの後、担架で運ばれてイリスヨナに戻った。
レインが証言してくれたことと、天使長の口添えもあったそうで、事情聴取すら受けなかった。
運び込まれたのはイリス様の部屋のベッドだった。
実はこれまで、私はベットには使用人用の客室を一つ開けて使っていた。
そっちが埋まっている場合は、妖精たちが使っているベットと折り畳み机だけの小さな半個室を使っていた。
最初の頃、副長が副長室を私に明け渡すと言うのを固辞したまま、『どうせイリスヨナの身体は寝るというよりスリープするだけで睡眠姿勢なんて関係ないし』といういい加減さで、面倒な個室の割り当てを有耶無耶のままにしていたのだ。
なので、私を心配しているイリス様の強い主張を、私もエミリアさんも退けることができなかった。
『おふとん、お母さまのにおいがするの』
一人になると、イリス様がそう言っていたことを思い出して、正直気落ちする。
洗濯してシーツも変えているのだから、とか、そんなことを考えてしまう。
別の感想として、人妻の匂いがするかはともかく、布団は暖かくて良い匂いがする。
元の世界で人間暮らししていた頃とは比べ物にならないくらいふわふわで快適だ。
産業革命以降のバネも市民社会での大量生産も資本主義の競争原理も、本物の職人が金と手間と素材に糸目をつけずに作った本物に対しては、敗北することもある。
単に私が使っていたベッドが、ノーブランドの安物だったというだけでもあるけれど。
病人らしく天井を見上げながら、考える。
(イリスのお母さん、か。
娘さんはとても優しくて良い子ですよ。)
私なんかが側にいていいのかと、日々悩むくらい。
ノックの音がした。
部屋の外で待機していたエミリアさんが、用件を伝えに来てくれる。
「ヨナ様、起きていらっしゃいますか。レイン様が積荷についてご相談があるそうです」
部屋の前まで来ていたレインに中に入ってもらう。
「ベッドの上で失礼します。そちらの椅子へどうぞ。
ここはイリス様の部屋なので、周囲のものにはできるだけ触れないで戴けると助かります」
「失礼します。荷物のことなのですが、私が側用人にしているドラゴンの子供を、一緒に乗せて連れてあげたいのです」
ドラゴンの子供。これはまたすごい特殊な荷物だ。
「5m級なので、大きさは馬くらいです。私が言いつければ暴れることはありませんし、閉所も大丈夫な子です。食事などの世話もこちらでします。
副長さんには詳細を含め相談済みで、重量体積共に問題ないと。
積荷の追加料金が必要でしたら、私からお支払いします」
「あ、いえ、副長が大丈夫と言ったなら大丈夫ですよ。
追加料金も頂きません。既に天使長から過ぎたほどの額を頂いていますので」
ドラゴン、少なくともプライベート・ヘリコプター並みには高級品だと認識しているのだけれど、持っているヒトは持っているらしい。
レインの級位の高さが知れる。正直、想像以上だった。
そこで会話が止まる。
「レインさん。天使長って、人の心を読む能力とか持ってたりします?」
「いいえ。でも顔色を伺うのは得意な人並みに得意です。正直あの時、ヨナ様が瀕死の状態で表情どころでなかったのは、助かりました」
人生、何が良い結果に繋がるかわからないものだ。
「ヨナさん。事情説明が必要かと思いますが、話しても良いですか?」
「構いません。大丈夫ですよ。
天使長と顔を合わせたくなかったから、半分は仮病です。
ああ、仮病はほかの皆さんには内緒で。
政治は苦手なので、できれば聞かずに済ませたい気持ちもあるのですが、それで済みそうにはないですからね」