VS騎兵隊12 / 試作防空兵器『イリスヨナの碇』2
イリス漁業連合の経営方針の柱のひとつに『魔術に依存しない』ことがある。
魔力という単価が高い少数個人の才能に依存する『運用』を行わないことで、個人への依存リスクを避けながらコストを低減する。
(『運用』という但し書きがつくのは、『設計』『組織』『計画』はミッキとトーエとあたしに完全依存しているからだ。
このうち誰かひとり殺すだけで、イリス漁業連合を完全に破壊することができる。)
特に消耗品である動力燃料、常に必要な操艦・運営システム・生活インフラは魔力に依存しないことを目指している。
精密部品の生産には錬金術師の魔術が未だ欠かせないなど課題はあるが、最終組み立てや艦内消費ではおおむね経済的な範囲で『魔力フリー』を実現している。
そういう、純粋に利益からとっている方針だが、発端にはヨナの趣味が入っていないこともない。
日本人であったというヨナはどうにも、血統主義と結びついた魔力というものを敬遠している気配がある。
民主主義を信奉している風でもなかったが、資本主義の平和国家で生まれ育つと貴族階級社会を苦手とする気風になりがちなのかもしれない。
いや、やっぱりヨナが特別潔癖なだけな気もする。
心情がどうあれ最終的には現実と折り合いをつけ、強迫的に強制するようなことをしないという、ヨナの気風にだいぶ助けられている感がある。
閑話休題。
そんなヨナがイリス漁業連合の構成で情熱を傾けているもののひとつが『対空防御』で、ヨナはWW2当事者でもないくせに、やたらと航空攻撃へのトラウマ意識が強い。
艦隊建造計画の最初の時点で、空母打撃群の構築を最終目標としているほどに。
とはいえ、まともな対空兵器を作るにはこの世界の技術レベルが適していない。
VLSもCIWSもない、作れる見通しも立たない。
ミサイルとイージスシステムは、高精度の精密工学部品を量産できる社会基盤を前提に、半導体計算機技術の集積を集めた総決算だ。
後装式の実用的な砲運用が列車砲サイズまでしか小さくできていなかった、大陸の技術的素地ではとうてい無理。
そして魔力使用を避ける方針は、あくまで基本方針、金科玉条ではない。
これからすることは、つきつめれば単純。
魔力への対処は魔力、魔術への対抗は魔術で。
未だ守るべき艦隊が1つに艦が4隻程度しかないのだから、対空兵器の量産はまだ間に合わなくていい。
鈍銀アルミニウムを含む、魔力導体と魔力不導体の合材で作られた、それ自体が宝石のような先端の打撃アンカー。
術者とアンカーをつなぐのは、高価で繊細な魔力通導紙で編まれたリボン。
ちょっと力をかければ千切れるリボンが千切れないよう、燃やせば当然燃えるリボンが燃えないよう、精密制御した炎弾の破裂で打撃アンカーを空中に保持する。
そのうえで正確な照準に正確な立体機動で合わせ、敵の攻撃手段へぶつけて砕く。
ヨナは『ふざけてるレベルで実運用性が皆無、お手玉とけん玉と凧揚げの融合物体』と評した。
碇のない古代戦艦イリスヨナから名を取ったのはどうにも皮肉めいているが、そういう意図はとくになく。
試作防空兵器『イリスヨナの碇』は、フーカしか扱うことのできない失敗兵器だ。




