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シーフードカレー、初めてはいちどにまとめて / 戦場の食事会1

カレーとか魚とか、食べ慣れないものに親しんでもらうには、眼の前で食べてみせるのがとても効果的だ。

あと正しい調理法を伝えるという問題もある。


日がくれはじめた、夕食の時間。


現地の料理長があたしの手元を見ながら唸る。


「あんなデカい船ははじめて見るが、艦長っていうのはいちばんエラい役職なんだろ? 料理もするのか?」

「なんでもするわよ」


正確には、あたしはなんでもできるし、できないやつもいる。


焼き魚は火加減をみて焼くだけだが、まあその火加減がむずかしい。


スープの大皿に、主食までまとめて載ったカレーライスが次々と兵士へ配られていく。

そこに何故か艦隊の乗員が混じっていて、彼女たちは率先して食べ方などを示す役だ。


「今日のメニュー、『カレーライス(スパイスライス)』って、なんだこれ本当に食いもんなのか?」

「おめー、俺の地元の名物をバカにすんのか? ああ!?」

「お前の記憶の中でもこんな料理だったか?」

「いや、実のところぜんぜん別物なんだが」


みたいなやりとりがあちこちで発生するので、とりなしたりもする。


我らの提督であるスイは、広場の端に張られた幕で、軍の指揮官たちと食事机を共にしている。


彼らの中で最上級司令官以外は、スイにざっくばらんに話す。

特に平民出身の軍団長は、ぴかぴかの制服を着て巨大な艦船で戦場にやってきたスイたちへの興味感心を前面に出してぶつけてくる。


「海魚って、お貴族様が屋敷で食べる高級品だろ?」

「泊領地ではぜんぜんそんなことないですよ。海に出れば食べきれないほどいっぱい採れますから」


戦場で軍人と商人の立場なので当然といえる。

貴人と平民でもあるし、平民と話したくない主義の者は口を閉ざしている。


「海に出て海獣と戦っているというのは本当だったのか」


希少なはずの海産物が、村落の野菜と同じように乱暴に鍋に投げ込まれてまとめて煮られているのを見れば、彼らは納得するしかない。

その場の全員が艦隊のある大河の方向を見やるが、食事を取る広場と幕からは艦橋の先端しか見えなかった。


「しかし確かにこれは、見慣れない食べ物ですね」

「艦隊では少なくとも毎週金曜日はカレーを食べてますよ」


全員がふたたび艦隊のある方を見やる。


「あれに乗ってるやつは、毎週これ食ってんのか」

「ささ、冷めないうちにいただきましょう。

さて、僭越ながら毒味を兼ねるということで、私から」


スイがスプーンを手に持ち、両手を合わせて目を閉じる。


「いただきます」


周囲にきょとんとされているのにも気づかず、スイがカレーを口にする。


「それ、こいつ食うための魔除けの儀式か?」

「おいしい! さすがフーカですね。フーカのカレーは世界一です」


聞き逃したようで返事がない。

食べられるのは嘘でもなさそうな様子だったのを見て、周囲の大柄な兵士たちがおずおずとスプーンを持ち上げる。


手を合わせるポーズを真似たり神に祈ったりしてから、スプーンを動かし始めた。


全員無言のひと口目のあと、出てきた最初の言葉は誰かの、

「あ、食える」

だった。


そこから先、戦場での食事は数少ない娯楽だ。


『このエビってやつが昆虫食みたいで気持ち悪いんだよな。俺の田舎、昆虫料理なかったからまだ慣れなくてさ』

『俺は好きだからホタテと交換してくれ』

『バカ、エビがなんだよ。こっちを見てみろよ。イカの足って部位らしいぜ』

『ええっ、イボイボすげえなっ。オレの皿にも入ってんのかな。当たりたくねぇ』

『干し肉の筋より硬いかもしれん。噛み切れるだけマシだが。食感もすげえぞ』

『上に乗ってるカジキのソテーってやつ、味は薄いがやわらかくていいな。硬い肉ばっかりだったからありがたい』


やれ気持ち悪いのだったら食うなの度胸がないやつだぜ何だとこの野郎、というやりとりがあちこちで発生する。


「珍しい食べ物のメニューはそれだけで十分に娯楽だからな」


料理長が見回りから戻ってきて言う。


「敵の糧秣とか手に入れると、毒の確認より前に口に入れてみるくらいだ」


もし兵士たちにハンストされたら彼は通常メニューを用意しなければならない立場なのだから、確認できるまで気苦労だったろう。


そう思いながら考えていたのは別のことで、なるほどと感心していた。

どうあれ、新しいものは簡単には受け入れてもらえない。

その意味で、カレーは先入観なく食べれば美味しいが、きわめつけに特異な料理なので条件は劣悪だ。

特に食事は口に入るものなので、昆虫食や肉食忌避のように、頭でわかっていても気持ちは追いつくものではない。


だがここは戦場だ。


食事は元より劣悪。

美味くて腹にたまれば何でも歓迎される。


さらにいえば、軍隊の配食であれば『変なメシ』も娯楽のうち。

さらに、あえて気味悪いものを喰うという『度胸だめし』の遊びとして、初のハードルを乗り越えてもらえる。


ヨナのくせに、変なところだけよく考えてある。

トーエあたりが調整もしたのだろうが。


天幕の中でも指揮官たちが『これが安価に用意できるならメニューも増えるし要求物資に加えても良いのでは』という話になっている。

ともかく物珍しさ第一にしても、イリス漁業連合の食料製品が受け入れられたようなら何よりだ。


それに、そういうことなら明日から兵士たちが触れることになるヨナとトーエによる『仕込み』も、兵士たちによく効くかもしれない。

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