制服スロットルメント / 艦橋勤務の特権
「やっぱり乗員のみなさんから制服の追給は求められてますねー」
「ウチもそうだぬ」
「先週もこの件だけは突っぱねたのに、根強い要望よね」
駆逐艦『雷』に出張ってきたスイと発令所で話しこむ。
イリス漁業連合では、乗員の士気管理は艦長の重要な業務だ。
そのため全艦で目安箱が設置され、直接聞き取りとあわせて艦内環境やサービスの改善要望を集めて、艦長がとりまとめている。
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「とはいえ生産の問題だから金では解決しないのよね」
それ自体がかなり贅沢な発言だが、制服の支給については実情がそうなのだ。
なぜなら、魔物素材を使って魔術強化された制服を作るのに、金額もそうだが生産数にも限界がある。
材料も針子も魔術師も、金さえ払えば無から発生するわけではない。
新人雇用に損耗交換もあるので、生産の枠はつねにフルで埋まっている。
イリス漁業連合の業務着でもある海洋技術学園の制服は、すべて支給品となっている。
制服には、イリス専用のオーダメイドを除外しても、外観は同じで品質別に3ランクある。
そして平乗員むけの最も安い制服でも、高品質の丈夫な素材に費用の高い魔術付与がされている。
平民出身の乗員にはとうてい自弁できる額ではない。
特に、発令所職員向けの最高位のものは言うまでもなく個人負担など不可能。
平民出身の乗員には絶対に無理だし、貴人家の出身者でも家と縁を切られているような立場のものが多く、彼女たちも金なんて持ってない。
他にも理由はいろいろあり、乗員を識別する簡易な身分証明だからとか、ヨナが業務上必要なものを自弁させるのを嫌がったとか、ましてや借金で縛りたくないと拘ったとか。
まあそんな感じだ。
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発令所勤務の幹部要員には、制服が3着支給される。
他の乗員は1着。
そして、業務スケジュール的にはこれで問題ない。
艦の運営変則3交代で行われている。
夜間は休業。
イリス伯領地での停泊時は警備と整備にひきついで完全休業、航行中も最低限の夜勤だけを残して就寝。
なので、平乗員は業務が終了すると私服に着替えて制服を数人まとめてランドリィに放り込む。
発令所勤務者は非常時に全員呼集されるし、戦闘中に私服ではさすがに士気にかかわるので着替えが与えられる。
そして、スイが魅了され、貴人向けドレスを着慣れたフーカさえも満足させた制服は、とうぜん乗員たちの心を掴んだ。
しかし問題は、イリス漁業連合の制服があまりにも高品質であったこと。
『休日も制服を着てすごしたい』
勤務時間外には仕事をわすれて私服で過ごしたい、という心理になるのが普通だが、艦内では逆転現象が起こっている。
本件は、乗員たちの不満の中でもかなりの上位に位置する。
高価な支給品を渡されて、ふつうなら汚損しないよう神経をはるところだが、それもない。
さすがに過失で汚損したら自弁することになっているが、制服がやたらと丈夫なのは全員が体感している。
毎日のように海風にさらされ、漁業では海水の水しぶきを浴びてびしょびしょ、時には頭から海水をかぶりながら海獣と戦ってもなお、ほつれも起こさないのだから。
また、以前の対艦戦で世間の注目を浴びた際に、スイを広告塔にして、制服を着せたままで広報をやったりした。
そのため、イリス漁業連合とともに、制服もやたらと評判が良い。
着て外を歩くだけで注目を集める最新ファッションなのだから、乗員たちは鼻高々で見せびらかしたい。
なんなら制服を着て街でナンパがしたいとなるわけだ。
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そして制服を作成したトーエが、この事態を想像していなかったはずはない。
幹部要員が3着支給なのは、あけすけに言えば待遇をわけることで、発令所員の仕事にプライドをもたせ、平乗員の意欲をあおる目的もある。
つまりこの問題は、解決しないことを意図して作られているのだった。
憧れとなり不満をおさめること。
かように艦長は、扇動者および指導者として、強く期待されている。
とはいえ煽って煽って、四方八方へ破裂しそうな熱望をさばき、なだめすかして行き場を誘導するのは面倒な仕事なのだった。




