夜会3 / イリスのゆるふわ燃油税トーク
「今回の遠出には鉄道ではなく古代戦艦を使ったのだとお聞きしました。ここまで来るのは大変だったのではありませんか?」
「ご心配ありがとうございます。長期旅行は観艦式で経験がありますし、イリスヨナ船内は快適ですから問題ありません」
「はあ、そういうものですか」
先制に失敗した取り巻きほどではないが、第2皇子妃も古代戦艦の認識が古い。
とはいえ古代戦艦イリスヨナ操艦による巫女イリスへの肉体へのダメージの程度については、いちおう秘密にしていることなので仕方ないところではある。
「それで今回は、夜会のために?」
「いえ。ソフィア姫といっしょに、魔術学校の休学手続きをとろうと思いまして」
「わざわざそれだけのために?」
「ええ」
なんにせよ、第2皇子妃はイリスの言葉を信じていない様子だ。
まあ普通はそうなる。
以前の古代戦艦のイメージもあるし、わざわざ夜会にまで顔を出しているのは、第2皇子妃に交易特権なり免税なりを求めていると考える。
実のところ、第2皇子妃の夜会出席とかぶったのは偶然で、イリスの夜会出席はそれが判明してあとから決めた、注目と監視を集めるための『おとり』である。
本命は掌砲長で、彼女は政商の一人娘として夜会会場の外で実務者や商人と密会・密約・情報交換にと駆け回っている。
「艦隊の燃料と物資の補給について、第2皇子の直轄地である本都市の港湾に寄港を許していただきありがとうございます」
「軍需物資の輸送だときいています。なんでもエーリカ様の差配によるとか」
言葉の中で遠回しに『エーリカ様に頼まれたから嫌々だが仕方なく』という気配を含ませる。
「それにしても、大変ですわね。鉄道であれば交易のための液化木炭には減税がありますのに。
輸送業減税の適応が叶うと良いのですが」
第2皇子妃は婚約者が納める大陸中央付近をテリトリとして商業を掌握しており、税制についてもかなり強い権限をもっている。
つまり免税についてイリス漁業連合は頭を抑えられている形だ。
第2皇子妃は税の話をふることで会話の主導権をとりにきたのだが、イリスはこれに平然と答えた。
というかたぶん、本当になんとも思っていないだけなのだが。
「いえ、輸送業減税は別に求めておりません。イリス漁業連合は寄港地のすべてで、他事業者と同じ税を法の規定通りに支払うつもりですので」
「えっ」
誰の声だったのかわからないが、それきり場が無言になる。
イリスは首をかしげる。
「商売というのは、市場にしろ消費地にしろ、領主による国や都市の管理があってはじめて成り立つものです。
税というのはその管理費ですから、支払うのは当然のことです」
たぶんイリスは税について何も考えていなくて、ヨナの考えをそのまま喋っている。
イリス漁業連合は現地住人との軋轢をさけ『積極的に浸透・定着をはかる』というのが、ヨナの方針だ。
イリス漁業連合が成長するということは、この世界になかった全く新しい組織が、異世界の技術と文化を振りかざして進むことになる。
考えなしで進めてしまえば、かならず大陸中で拒絶反応をひきおこす。
既存政治勢力と対立し、大資本と商戦になり、少数民族文化をすりつぶし、大衆の文化慣習タブーを踏み抜くことになるからだ。
仮に戦国武士と自衛隊くらい技術レベルが違っていたとしても、それでは叩き潰される。
進行は電撃・苛烈であっても立ち居振る舞いは紳士で誠実に、広報を含むあらゆる方法で無害をアピールする必要がある。
同時に、港湾からの税収が安定して大きくなれば、国や領主は優良な税源を失いたくなくなる。
また流通量が増えれば、海産業と海運・河川運輸が港湾の周辺住民の生活にとってなくてはならない産業になる。
イリス漁業連合は、各地域・各勢力に大きく利があり無くなると困る存在となることで、排除できない世界情勢を作ることを目指す。
つまり税の支払いは、イリス漁業連合がこの世界に定着する手段でもあるのだ。
「それはつまり、各地の領主に多額の金を渡すということではありませんか。賄賂と受け取られても仕方ありませんわよ」
「? かけられた税金を払うだけで賄賂になるのでしょうか」
誰も否とは答えられない。
さすがに彼女たちにも自らが税を収入として暮らしている程度の認識はあるし、減れば困ることがわからないほど愚かではない。
「もちろん、イリス漁業連合も慈善団体ではない商業組織ですし、各地で港湾交易の奨励を目的とした税の減免をしてくださるのでしたら、それについては喜びますが」
もちろんイリス漁業連合としても、税によるあからさまな嫌がらせや賄賂について無駄な支払いをするつもりはない。
例えば食料の買い出しに輸出消費税300%とかかけられたらさすがに困る。
なので、寄港先でそういうメチャクチャな内容の税を支払う羽目にならないような手回しは掌砲長がきちんとしている。
イリスは話し終わったと判断したようで、口を閉じた。
他に良い返事を思いついたものもいなかったらしく、第2皇子妃が内容にそわない、なんとも歯切れ悪い答えを返した。
「商人がみなイリス漁業連合のように考えていれば、どんなに徴税官の仕事が楽かと思います」




