夜会1 / サイフの余裕、文化的生活の余裕
古代戦艦イリスヨナが交易都市タイスまで出張ったメインの用事は、あす街城で開かれる夜会へのイリス様の参加。
艦隊護衛はついでのおまけということになっている。
大河に近い旧都心からはずれた丘の上に城はあり、歪曲空間が旧都心を飲み込んだ以降はこちらが都心になったそうだ。
夜会でイリス様はドレスではなく制服を着ている。
イリス漁業連合の制服はすでに社交の場で着られた実績のある服であり問題ない。
前例ばんざいである。
女子校セーラー服をベースとしている制服は物珍しいが、それゆえにドレスと並んで目劣りしない。
総合プロデューサ・トーエが手がけた制服コーディネートは、日本人のあたしに見慣れた安心感とかわいらしさを。
同時に大陸貴人たちには、少女の美しさを引き立てるまったく新しいファッションに見える。
変な作業服ではなく、あこがれの礼服にすることで、海洋技術学園とイリス漁業連合の広報に資する役目がある。
イリス漁業連合の制服を着ているのはこの場で3人。
イリス様、ソフィア姫、チセ。
私はイリス様の従者として後ろに立ち、目を閉じて黙っている。
『古代戦艦の城内への持ち込みはご遠慮ください』とか言われなくてよかった。
目を閉じていれば立っていても寝ている扱いで声はかけられないだろう、という雑な考えだが、いまのところ思惑通りにいっている。
正体不明の危険かもしれない人型物体に声をかけるのは普通の神経ではためらわれるだろう。
この夜会では、いちばん格が高い方に声掛けを行う作法だそうだ。
固まって行動する3人の中ではソフィア姫で、声掛けもソフィア姫に行われる。
海浜辺境国の姫と対面で話す機会はそれほどないので、せっかくだからと顔合わせ程度に声をかけてくる者も多い。
「ソフィア姫、よろしければわたくしにもイリス様をご紹介いただけないでしょうか?」
そして、挨拶にくる者たちのなかに、髪か胸元に小さな銀十字をつけていてイリス様への紹介を求める者たちがいる。
精錬の難しさから流通量では金より希少な『貪欲の銀』でできているそれは、イリス漁業連合に商業面で好意的な勢力に、掌砲長が配ってまわったもの。
トーエが意匠した、シンプルだが美しいシルバーアクセサリだ。
「貪銀のアクセサリを、魔術具ではなく純粋な装飾品として用いるだなんて、贅沢なアクセサリですわね」
希少な魔導金属は、ふつう魔術具に使われる。
確かに貪銀を魔術具にしないというのは贅沢行為なのだが、今回の場合は魔術具にする時間がなかっただけだったりもする。
「造船にからんだ技術開発により、精錬にブレイクスルーがあったのです。
お送りしておいて失礼な話かもしれませんが、もし輸出することになれば、これから精錬した貪銀の価値は下がるだろうと考えています」
と、控えめな言葉で伝えるが、掌砲長の読みどおりならばアルミニウムの価格は暴落するだろう。
「それは、喜ぶ方と困る方がいらっしゃるでしょうね」
金属交易をやっている商家はもれなく大波を食らう。
手法の開示タイミングによっては他金属を巻き込んで金属相場を市場崩壊させることもできると掌砲長は言っていた。
それに吸血鬼勢力も困る。
吸血鬼に有効な『銀』は原子記号Agに限らない。
というかプラチナを『白金』と呼ぶように、吸血鬼に有効な白色金属一般を俗称として『ナントカ銀』と呼ぶのがならわしで、貪銀=アルミニウムも、武具として用いれば吸血鬼に有効。
貪銀は希少銀種のなかでも特に流通量が少なく武具への使用もほとんどなかったアルミニウムが、これからは剣どころか大容積のプレートアーマーや消耗品の砲弾にまで使えるようになる。
古代戦艦イリスヨナを電池に用いたアルミニウムの電気精錬には商業と軍事において大きなインパクトがあり、この情報はアクセサリと共に交友的な勢力へ提供されている。
「それと、ただ希少な魔術金属を使っているだけでなく、単純なのにとても美しい意匠ですわ。
イリス家はただ商売を広げようとしているだけでなく、貴人にふさわしい美感にも気を配っていることが、この品からよくわかります」
「ありがとうございます」
「わたくしも貴人家ですが商家の血もいくらか入っていますから、絢爛さよりも質の良さ、という考えも理解できます。
ですが、お味方を増やす意味でも、こういった貴人らしさに気を配れる姿勢を示していただけるのは安心できますわ」
完全同意はしないけれど、まあ周囲の目も顧みずがむしゃらに商売に邁進する貴家とかあったら、さすがに引いてしまうことくらいは理解できる。
無線からフーカの声が入る。
『品格が足りないと取られれば、どうしても社交界では忌避されるのよ。
社交界でうまくやれない相手ってことは、政治ができてないってことで、政治の下手な相手とは協業したくないでしょ』
それは確かに。
ちなみにフーカは正体を隠すため今回も艦隊で留守番中。
『ついでにいうと、芸術品や美術品を購入したり、芸術家を支援するのも、そういう金銭的余裕があることを示す意味があるわけ』
なるほどそういう考え方もあるのか。
日本で一般市民をやっていたから階級社会の上流階級については疎いから助かる。
メセナ事業のようなことをすればいいのかもしれないが、私にはこの世界での文化活動についてはどうすればいいのかもわからない。
もうしてるらしいのだけれど、トーエやレインに手回しをお願いして任せるしかない。




