甲板上の宴席2 / プライドの計算
「全艦で、照準はともかく撃つことはできる、という練度は確保したわよ。特に主戦力である雷と択捉は特別シフトで入念に鍛えたわ」
「それでスイはオヤスミ中ってわけね」
海防艦『択捉』艦長スイは、フーカにもたれかかってぐっすりと寝ていた。
ねぎらいの席とはいえ、艦長が集まってイリス様もいる場でぐっすり寝入るというのは、実はなかなか神経が太い。
ヒトの上に立つ素質ではある。
細やかな配慮のできる感性はあると好ましいが、細い精神で艦長は務まらない。
「まあ、休んでもらうための宴席だから、もちろんいいのだけれどね」
今回の遠征に間に合わせるために、運用手順の構築と訓練に明け暮れた。
砲塔は艤装しただけで終わらず、撃てなければ意味がない。
艦長たちは出発まで艦砲の配備と訓練、長期航行作戦の準備で忙しかった。
もちろん副長以下、乗員たちも準備で大変だったわけだが、艦長はこのあとしばらく艦と乗員をあずかって常時戦場の気持ちで業務することになる。
慰労ができるタイミングが、伯領地に近く古代戦艦イリスヨナが随伴している、出港直後くらいしかなかった。
母港の外で露天に艦長を集めるというのは、危機管理を考えるとかなり気が狂っているが、フーカがOKを出したので問題ないのだろうと判断した。
「艦長なしで操艦するいい機会だわ」
フーカの言葉にロイヤルが反応する。
「それは艦長の『喪失』を想定していますの?」
「もちろん」
さらりと答える。
余力の足りなさから装備の『予備』が十分でないイリス漁業連合では、人員の欠損は本来致命的だ。
戦闘で艦長だけが抜ける事態というのは考えづらいが、病気や不慮の事故というのは起こりうる。
「でも、ここにいる優秀な艦長たちが育てた優れた乗員たちよ。艦長に何かあったとしても、操艦する能力はある」
フーカの言葉は、この場の艦長たちの統率力と教育力を最上位者であるイリス様の前でべた褒めしているものだ。
いまこのとき、全艦が艦長なしで航行して、何も問題が起こっていないことが何よりの証明。
フーカはその口の悪さからくる反発心と、圧倒的実力によるカリスマにより、好嫌両方で艦長たちの心を掴んでいる。
そして曲がりなりにも上位者に対して堂々『変態』と言い切る相手を選ばない毒舌ゆえに、口から出た褒めの言葉を誰もが、お世辞やおべっかではないとわかってしまう。
ゆえにフーカが褒めの言葉をひとつ口にするだけで艦長たちは揺さぶられ、艦長に万が一があるかも、なんて仮定の不穏さなど吹き飛んでしまう。
王族の娘ゆえのプライドが元なのかもしれないが、結果がきちんと計算されているのだった。




