洋上のパンツァーファウスト(この世界にまだ『戦車』なんてないのだけれど) / VSヒト級エビ海獣1
人造艦船が建造されて、海獣を倒せることも実証された。
こうしてヒトは海上に出てこられるようになったが、近海漁業が危険な仕事であることにかわりはない。
その日は運も悪かった。
雨上がりで濁りのある水質、監視員の見落とし、海流が網が海底にかかる方向に流れていた。
古代戦艦イリスヨナが所要で留守。
とはいえ今回の場合、役立ちはしなかっただろうが。
網にかかったのはヒトの身長ほどあるエビ種海獣の群れ。
彼らは自慢のハサミで網を切って逃げ出すより先に、択捉艦尾の漁業甲板に引き上げられてしまった。
エビ種海獣とヒト、お互いにとって不幸な遭遇だったといえる。
エビは漁業甲板の中あたりに乗りこんだため、何人かが甲板最後部のはしに取り残されてしまった。
漁業甲板の作業員は、もとより網を引くのが力仕事であることに加えて、こういった危険もあるため、鬼族を中心に体力自慢が多い。
各々、甲板に用意されていた手持ち武器で武装し、這い上がってくるエビ海獣たちと戦闘に入る。
とはいえエビ海獣の外骨格は、固くて粘り強い。
何人かで囲って、殴りつけたり槍でついたり剣で切りかかったりするが、致命傷にはまだ遠い。
甲板員をとりまとめており一番の力自慢である鬼の漁業長が、メリケンサックをかみ合わせて悔しげな金属音を立てながら叫ぶ。
「だめだ、やっぱり拳は効かん! 擲弾班、出番だ、パンツァーファウストもってこい!」
奥に引いていた甲板員の間から出てくるのは、小柄で機敏な動物系種族の乗員。
彼らは鉄棒の先に拳のような弾体のついた、トゲのないメイスのような、先の尖っていない単槍のような武器を持っている。
この世界に『タンク』の方の戦車はまだ存在しないが、その対抗武器のほうが、『対海獣近接兵器』として先に試作された。
ヨナはこれを『兵士が戦車に乗り上がって突き立てる爆発槍のような武器』として記憶していた。
――防御魔法がないヨナの世界で、そんな武器を手持ちで使ったら死ぬに決まってる。
そういう当たり前すぎる感想から、これは棒の先の爆薬がごく短距離を飛んでから敵にぶつかって弾けるのだろう、という結論になった。
イリス漁業連合の配備した近接擲弾は、使いみちに合わせて本物のパンツァーファウストと違う点がいくつかある。
「パンツァーファウスト!」
擲弾班のひとりが、両手持ちで胸の前に構えて、注意喚起の掛け声とともに引き金を引いた。
本物のパンツァーファウストをこの姿勢で撃つと、飛翔火薬の反動を逃がす後方噴射が吹き出して、心臓に穴があく。
(のだろうと、イリス漁業連合の技術部は予想している。)
飛翔体を飛ばす推力が、火薬ではなくバネ式になっている。
イリス漁業連合が配備している海防艦の甲板は30mもないので、火薬をつかって長距離を飛ばす必要はないからだ。
バックブラストがないので、あまり後ろを気にせず自由な持ち方で使えるメリットがある。
「効果あり! 鬼に殴られるよりも殴られたみたいに効いてるぞ」
「悔しくなる言い方するんじゃねえ!」
漁業長が複雑な心境で言う。