巨大海獣の試食会(毒味というより成分分析になってないか)
丘のような巨大海獣を解体している脇、砂浜に椅子と机が設営される。
「ヨナ、あーん」
イリス様がフォークで差し出すのは、生の魚肉。
言われるがままに口を開く。
私はイリス様の船であり、イリス様に従順。
そういうふうにできている。
古代戦艦イリスヨナによる巨大エイ型海獣の試食、もとい毒味、あるいは成分分析。
「醤油はともかく、塩がほしいですね」
大きすぎる魚は大味になる、といわれるが、巨大海獣はまさしくその通りになっている。
例えばエンガワは、刺し身サイズに切り出すと、透明なアブラの塊になってしまう。
マグロのような肉がぶよぶよ半透明な油脂に包まれて整然と並んでいる姿は、サイエンスフィクション感があった。
巨大海獣とはいえ死ねば魚肉の塊であり、大量のバイオマスは処分するのもタダではなく、例えば焼却するなら燃料代が大きな出費となる。
どうせなら売り物になったほうがいい、というわけで、骨やケンを生物由来素材として使う以外に、肉を食用できないか確かめているわけだ。
イリス様の所有する古代戦艦として、私はイリス様の毒味役を果たす機能がある。
食べたものの成分分析のようなことができて、『イリス様が死ぬかどうか』判断できる。
細かいことを言えば『塩だって水だって摂取しすぎると毒だ』とかいくらでも重箱のすみをつつくことはできるが、そういう話はおいておくとして。
まさか古代戦艦が寄生虫でお腹をやられたり、フグ毒で死ぬとも思えないので、毒味役としては最適だ。
ちなみに仕組みも何も知らないが、魔力保持者は食事が消化ではなく魔力変換されるのだが、毒は効くのだという。
煮立った鍋から湯気が立つ。
掌砲長が試験紙やら銀食器やらを突き立てて、変色を吟味してから、私の目の前へ。
「スープができたぞ。加熱と化合と酵素分解だ。何が起こるかわからん」
「おいしくなってるんじゃないかしら」
そう言って器をうけとり、箸をもつ。
最近やっと箸が使えるようになったが、持ち方がおかしいし、ぷるぷると震える。
私はまだ、この身体で指先の細かい作業に慣れていないらしい。
日本人としての面目躍如には程遠い。
「ん」
イリス様にあっさり奪われ、私が教えたとは思えないきれいな箸さばきで、スープの具をつかまえる。
「あーん」
いや、期待していたわけではない。
ほんのちょっぴり。
心臓が破裂しそうなくらい鳴る程度のこと。
「ん。問題ないです」
いつのまにか周囲に集まり、なぜか固唾をのんで見守っていた見物人たちが、わっと沸く。
護衛の引いたテープの向こうに距離をとって、このヒトたちは何をしているのだろうと思っていたが、掌砲長が疑問を解消してくれた。
「じゃあこいつらの期待どおり、試食会といくか」
掌砲長は集まった民衆に向かって大声で告げる。
「おまえらいちおう言っとくけど、得体のしれない大海獣だぞ! 腹壊したり苦しんで死んでも文句いうなよ! 食っていいのはそれを納得した奴だけだからな!」
メチャクチャなことを言いながら、掌砲長が調理班に指示を出す。
まあ、アレルギィなど個人差や種族差はあって、最終的に確かめるには実際に食べてみるしかないのは事実なのだが。
それでも避難民や、夕食代を切り詰めたい勇気ある村民、興味を抑えきれない趣味人たちが、我先にと器を受け取る。
「もうそろそろ夕方になるぞ、誰か明かりの火を炊け。薪は用意してある」
夜間警備のための焚き火が、周囲の協力もあってすぐに用意される。
なぜか鉄串やらまで配布されて、持ち出された端肉で各々が焼き身を作り始めた。
景気のいい話に気分をよくした近所の家から酒の提供が始まり、焚き火の周りにキャンプファイアで踊る大学生みたいなノリが出現する。
本当に祭りが始まりそうだ。