VS巨大エイ1 / 標的艦『雪風+1.111』
「報告、標的艦『雪風』、大破!」
観測長の報告に、艦長席のフーカは小さく答える。
とはいえ状況は見えていた。
右正面の遠くの海面に、爆発を伴わない水柱。
横腹から砕けたものは、まぎれもない艦船の形状。
海上の巨大人工物をまっぷたつにした海面を走る白い『トゲ』が、水面下に消える。
しかし透明度の高い海は、平たい胴に一本の長い『トゲ』を引く巨大魚類のシルエットを見せていた。
隣りに立つ副長が嘆息する。
「やはり、まるで歯が立ちませんな」
標的艦『雪風+1.111』は、動力を持たない牽引式の試験用標的。
その名前の通り、現有艦船の標準装甲板を艤装した『択捉級』人造艦船の1.111倍の強度を持つ。
「大破撃沈は想定通りの結果に過ぎないわ」
いまの人類の技術では、海獣との接触に耐える強度の艦船を建造することはできない。
装甲はともかく、船体強度がまるで足りない。
古代戦艦イリスヨナのように衝角戦などしたら、人造艦船は一発で竜骨までグシャグシャになる。
その事実自体はわざわざ実艦相当の標的を作って確認するまでもないことだが、いま破壊試験をしておくことで今後の設計に反映する。
艦間有線から右翼の観測報告が上がる。
『こちら2番艦『松輪』艦長ロイヤルより報告いたします。
『翠玉』イリスヨナは健在ですわ。目標を誘導中。
3番艦『佐渡』は雪風の曳航任務を終え戦域を離脱中でしてよ』
択捉のスイが答える。
『旗艦『択捉』より各艦へ。プランAのまま。作戦に変更はありません』
切り忘れたマイクから緊張のため息が、作戦中の各艦のスピーカに漏れる。
乗員たちに高揚している雰囲気はないが、士気は高いまま。
択捉からの乗員も多いし、発令所員はおおむねスイと個人的な交流もあって、平民くさいというか小物っぽい立ち振舞いについても理解がある。
だから、どうということはないのだけれど、発令所員たちがフーカを見る。
『そうね。作戦通りやれば問題ないでしょう』
仕方がないので不正規通話で軽くフォロー。
『2番艦『松輪』艦長より『雷』へ発する。やっぱりフーカはスイに過保護なのですわ、オーバ』
報告話法にのっとっているが、内容は不正規通話そのものの、いかにも神経質なロイヤルらしいツッコミ。
いつも通りのやりとりに、各艦は小さな笑いを漏らした。