ガレオン船の、死鬼の巫女
踏み込みついでに、艦長席の巫女を見ておきたかった。
イリス様以外の『古代戦艦の巫女』について知りたい。
イリス様を延命するヒントが得られるかも知れないからだ。
危険をおかして敵艦に乗り込んだのは、2割くらいそれが目的。
「あら、あなた、すごく可愛いわね」
「おいヨナ、あんたさすがにおかしいぞ。うーん、確かによくよく見なおせば、顔立ちはいい部類かもしれんが」
後ろからついてきた掌砲長がツッコミを入れてくる。
よく見れば、巫女は額から頬まで大きな縫合跡。
肌色も黒と青、明らかに生きている皮膚ではない。
甘い防腐剤の香りに、新鮮な血と腐った肉の匂いが混じっている。
短い髪が血糊と固着物でぼさぼさだが、似合っていた。
「普通は顔の傷や縫合痕なんて、まじまじと見ないだろ。失礼かもしれんし」
「こんなに可愛いのに?」
処置なし、といった様子で掌砲長は答えずに首をふる。
「掌砲長、相手の外見的特徴には触れないのが、文明人として最低限のマナーというものだわ」
「第一声で容姿を褒めたやつの言う言葉かよ、それ」
「ところで交渉は誰とすればいいのかしら。たぶん部隊指揮官が巫女と別にいるのよね、今回は」
そう言ってから、下に溜まっている人物たちを見下ろして。
「陸戦隊を指揮していた吸血鬼の方の、上官なり指揮継承の候補者がいれば、その方と話がしたいのですが」
ひとりがおずおずと前に出る。
「私が部隊長だが、指揮継承者とは」
「陸戦隊は戻ってこないわ」
吸血鬼2騎は殲滅したので。
大陸で吸血鬼は希少、もれなく貴人かつ、軍では高官。
たぶん、最高指揮官と副官だ。
吸血鬼は最重要目標だが、同時に最も硬い。
指揮交代の混乱を思えば、最も死ににくいユニットを最高指揮官に据えるのは正しい。
「わたしたちは、身の安全を守るために仕方なく戦いましたが、これ以上の戦闘を望んでいません」
「それで、降伏しろと?」
「いや、だから降伏するのはこっちです。勝てるはずないですから」
フーカたちによると、相手は吸血鬼、そして第2皇子の22軍だという。
鉄道インフラを押えて政治に食い込んでいる吸血鬼勢力と、自勢力でもある大国アルセイアの第2皇子だ。
勝てるわけがない。
なので、おたがい事故だったということにして、早めに白旗を振ってしまうに限る。
わざわざガレオンの古代戦艦と1戦やったのは、こちらの降伏を通すため。
最初はともかく戦闘は避け、平和裏に降伏を伝えるべきだと私は考えていたのだが。
交渉は弱った相手とするものだって、フーカが言うので。
「こちらからの賠償内容については、後日調整ということで。
ともかくこちらとしては降伏を受け入れて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
目を白黒させている彼らに対して、伝えることは伝えきったので、こちらは待つ。
相手は隠密行動の特殊部隊だ。
金と時間のかかった超高級ユニットであり、これ以上の損失と事態の拡大は、『最高責任者』兼『希少ユニット』が2席もずれたことをあわせ、とうてい許容できることではない。
表情では『もし、私たちが降伏を受けなければ?』と聞かれているが、問われなくても答えは決まっている。
秘密部隊とかち合って証拠隠滅合戦なら、こちらも船を沈めて『目撃者は皆殺し』をやるだけ。
古代戦艦イリスヨナまで動かして、イリス家の力で1軍1隻消した証拠の隠滅が上手く行くはずはないが、やらないよりはマシというものである。
返答に、思ったより時間はかからなかった。
「降伏を受け入れる」
「ありがとうございます。ではこちらの書類に署名を」
作戦前にフーカに用意しろと言われ、掌砲長に書いてもらっていた降伏調印書を取り出す。
予定通りに破滅的な末期戦を避けられて、気持ちはホクホクだった。
「すごい嬉しそうな顔してるぞ」
「嬉しいに決まっているわ。不要な戦闘と破滅を避けられたのよ」
「面目丸つぶれな相手を気遣って刺激しないでおこうとか、考えないのか?」
いや、負けたのはこちら側、彼らは勝者なのだから気遣いが必要とは思えないのだが。




