釣りエサ択捉 / VS側面砲列<ガレオン>の古代戦艦7
瞳は理知をたたえ、暴力に冷え。
艦長の隣を離れながら双眼鏡を取り出し、敵艦にいちばん近い窓をひとぬぐいしたあと専有。
後ろをついてきた客人に振り返る。
「レヴァ、あたしといっしょに砲の監視をよろしく。古代戦艦との戦闘については期待してないから気楽に」
「部隊の命運を他人に任せたうえで気楽にとはな」
レヴァの返事からは驚きや呆れといった感情があるのかどうか読み取れない。
イリス漁業連合所属海防艦択捉は、軍艦ではなく漁船である。
ならば発令所に誰を連れ込もうと問題はない。
「そんなわけがありませんわ」
掌砲長ロイヤルが持ち場で嘆息。
択捉の発令所は世界初にして最新鋭、この世でまだここにしかない計器類が満載である。
レヴァは差し出された双眼鏡を断って窓を向く。
フーカは双眼鏡を構え、発令所を背に各員の報告を聞き流す。
「発光信号、あいかわらず応答なし」
「船足は低速、舵そのままぬ」
「レヴァ、仮称『敵艦』は右側面をこちらに向けて、砲は14門。
ちなみに反対側にも同じだけ並んでいるわ。
右手を敵艦の頭として、頭側から1はじまりで番号を振るから、動き出したら報告よろしく」
「理解した」
択捉は発光信号で呼びかけながら、敵艦の側面砲列に注視する。
しばらくの沈黙のあと。
「1から5までが動いた」
「了解。操舵、転進に備えて」
「いつでもいいぬ」
砲はすでに旋回している。
敵の射程に横腹をさらしている択捉。
魚はエサに食いついたが、竿を引くのは針が食い込むのを見定めるまで待たなければならない。
じりりと舵を切りたくなるのを必死で押さえ込む操舵手。
瞬間にそなえ、すべての報告と音を止める発令所要員。
爆音の中でもよく通る声。
どんなときでもフーカは叫ばない。
「転舵」
「最大戦速!」
操舵手アルゴが指示するまでもなく、機関は全力を開放し、本人も事前の作戦どおりに舵を切る。
増速することでわずかでも舵の効きを良くする。
機関は細かい制御がきかないので全力だが、舵は最大角度で切ればいいわけではない。
水の粘りを無視した角度の舵は、水を割って水中をえぐるだけ。
水を押しのけ、摩擦をおこし、船の軌道を変えるのに最も効果的な角度を見つけ、手触りと感覚で微調整する。
「操舵、ちょい戻せ、0.3」
「土壇場で無茶言うなぬ」
水流は想像通りだが、水温が予想より低くて水が硬い。
生存率を誤差レベルで上げるために、誤差のような指示を出す。
択捉は海獣対策を鑑みて複数の舵を持っている。
択捉を含む、同サイズの大日本帝国海軍の艦船は舵が1つ。
液化木炭の主機と合わせて、操舵性は元艦よりも高い。
手を上げてスイに合図。
「総員衝撃に備えよ!」
発光。
音より先に衝撃。
乗員たちが、対ショック姿勢から即座に頭を上げて状況確認に入る。
「軸先をかすめた!」
「船首左の装甲が滑落!」
「船員室だ、確認に向かわせろ」
「他箇所の損害を確認して!」
「電線途絶は船員室のみです」
「機関室異常なし」
船が大きく傾く。
「船員室は時間がかかりましてよ」
「アルゴ、舵とトリムそのままでよろしく」
「この場で1回転するかぬ?」
あらかじめ退避させていたため船員室にはヒトがいない。
「第2射に横腹さらすことになるぬ」
「ないわよ。ほら、動き始めてる」
足元の振動を示したつもりだったのだが、その場の誰からも同意をもらえなかった。
ロイヤルの言葉選びまで乱暴なものになる。
「直撃をくらったばかりでしてよ!」
「全力回頭中で機関もいっぱい、動揺もおさまってないぬ」
「フーカって本当に艦船好きですよね」
船員たちが各々必死に役割を果たす中、手持ち無沙汰のレヴァだけが他に兆候を見つけていた。
「墓所の地面が動いている」
つづく
5月の更新はお休みします。
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<Iris*Yonah in the ark>
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