『提督』への道程 / VS側面砲列<ガレオン>の古代戦艦6
「というわけで択捉はオトリをやるわ」
政治的言い訳は単純、武装もろくにない択捉で接近して、敵の先制攻撃を受けたら正当防衛の言い訳がたつ。
作戦も単純、海防艦択捉をオトリに、古代戦艦イリスヨナが奇襲。
という打ち合わせが、さきほど有線電話で行われたのだった。
「またもやそういう役目ですのね」
人造艦船はまだまだ古代戦艦の足元にも及ばない。
対艦戦闘ではマト役くらいしかできない。
「艦長をやるのが嫌になったかしら?」
「まさかですわ」
今回も幸い、『今回に限って使える』とっておきの手段がある。
「撃ってこないといいぬ」
「まあ、撃ってくるでしょうね」
「古代戦艦イリスヨナがいない状況でもかぬ」
「諸々勘案するとね」
大国ストライアが運用しているすべてのガレオンの古代戦艦と一致しない、あたしが見覚えのない船だ。
なので船は我らが大国アルセイア側、吸血鬼の息がかかった船ということになる。
吸血鬼が水上を嫌うのをともかくとすれば、乗り込んでいるかもしれない。
艦長スイの命で吸血鬼が釣れたように、イリス漁業連合の艦船を沈めるチャンスを見逃さないだろう。
ほかにも、秘密作戦中にド派手な対地攻撃で要員とともに情報を回収したこと。
古代戦艦にある活動限界という制約の中で相手の数を減らしておきたいであろうこと、その他。
「有線電話も信号弾も使えない状態で2隻の連携作戦なんて。ありえませんわ」
「あのガレオン船が本当に敵性であるなら、択捉が何もしなくても、合図は敵艦がしてくれるわ」
「古代戦艦イリスヨナにはわたくしたちの主であるはずのイリス様が乗艦なされているというのに、あなたの指示どおりに動かして。
そのうえ、使えるものなら敵艦ですら利用しますのね、副長は」
「『提督』っていうのよ」
皮肉げに言うロイヤルに、フーカは答えた。
「複数艦を束ねて同時に指揮する役職。
艦長以上に操艦との時間距離が離れ不確定性も増す。艦長よりも広く多く長く、戦場を見渡す能力が要求されるわ」
「テイ、トク?」
はっと気づいて、ロイヤルがその場で歯噛みする。
「2隻以上を運用した作戦の、立案指揮の実績!」
焦点が燃え始めそうな視線を受けておきながら、楽しそうなフーカは答えすらしない。
スイは会話の流れがよくわかっていない。
ロイヤルがフーカへの嫉妬を燃やし。
アルゴはなにやらフーカに対して呆れている様子。
そして他の艦橋要員、半数以上、多くの者が『提督』の概念を知って、思わず喉を鳴らした。
イリス漁業連合の軍隊並みに肉体をいじめる厳しい訓練、弾道計算までおも含む高度で難解な教科。
逃げ出さなかったのは、行き先がない以上に『艦長』という椅子に惹かれたからだ。
貴人家の2女2男より下には家を継ぐ機会は来ないし、居城を手に入れるほどに成り上がることは、文字通り人生を賭しても困難。
そんな幹部候補生たちにとって、『艦長』の椅子は降って湧いた幸運の機会。
自分も『択捉』のような鋼鉄の城のあるじになりたいと欲望していた。
しかしフーカは彼らの人生の到達点を、なに喰わぬ顔で「通過点」として置いている。
フーカだけに、自分たちが到達点だと思っていたその先が見えていた。
人造艦船『択捉』ですら城ととらえる乗員たちにとって、その城を束ねる提督はまさしく艦船たちの王。
そして誰もが、この場で最も高位なる立場がふさわしい存在が誰であるか、理解している。
凶暴な瞳と言動。
野生のオオカミのように、近寄りがたくも美しく高貴な容姿と仕草。
誰もを周回遅れで引き離す確かな実力。
敵艦との圧倒的実力差を知らされていてもなお、択捉の発令所から誰も逃げ出さないのは何を信じているからなのか。
「そろそろ敵艦の射程圏内に入るわ」
冷静に。
凶暴に。
「さあ、あたしたちとイリスヨナで、古代戦艦の喉笛に牙を立てるわよ」




