VS吸血鬼4 / 決着と余計
鉄格子のような硬い艦長席の上で、血塗れ黒焦げになっていくあたしと吸血鬼。
実のところ、吸血鬼に血を呑ませたのは、成功確率を少しでも上げるためのついでに過ぎなかった。
あたしには古代戦艦の巫女としての才能が決定的に無いのだ。
ほかの巫女たちは失敗しても、神経の麻痺や内出血、せいぜい嘔吐か気絶する程度。
だがあたしの場合、古代戦艦を起動しようとするだけで血が沸騰し、肉が焼ける。
艦長席周辺まで拷問椅子と化す。
そのうえで正規の手順に従わず、無理やり起動しようとすれば、結果が無残なものになるのは明らかだった。
無能の苦しみと、肉を裂かれる痛みに耐えながら、何度試しても古代戦艦を動かすことがついぞできなかった。
あたしは姉さんみたいになれない。
「ズ、ぃ」
健在を確認しようと、振り向く。
右目の奥で空気が弾けた感覚があった。
失明していないか心配。
「わたしは大丈夫です、それよりフーカ、このままじゃ死んじゃいますよぉ」
瞬間、腹の奥でぞわりと動くもの。
「スイ」
なぜかその声は明瞭に発声できた気がした。
「撃て」
スイの撃った弾丸は、偶然なのか狙いは正確。
あたしの腹に刺さった吸血鬼の腕を貫通し、心房に突き刺さってすべてお赤い砂に変えた。
視界は今度こそ暗転。
遠ざかる意識のなかで、スイの叫ぶ声がする。
作戦開始前、事前に打ち合わせで決めていたとおり。
あたしが合図したら、撃つ。
こうなるとまでは言っていなかったから、事前に覚悟していたわけではない。
この状況で、さっきまで心配していた仲間を指示通りに撃てる。
漁師の娘にしておいたら本当にもったいないところだった。
スイは最高だ。
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スイの声がする。
倒れたあたしの顔を、上から覗き込む位置にいる。
目は見えない。
消えかけた意識が、何者かの接近を捉える。
魔力に覚えがあって、大国ストライアの上級魔術師だとわかる。
「スイ、そのまま」
銃を持ち上げようとするスイにまったをかける。
魔術師は何かを言っている。
視界がないのに耳もダメらしい。
周囲の状況はわからないが、それでもわかることもある。
魔術師はひとり、あたしたちと吸血鬼を追って、第5層にやってきた。
巫女の先導なしにだ。
「スイ、何も意識せず、何も感じず、あなたはここにいない」
「え、なんて言って」
かまわず右腕に残った最後の力で、覗き込むスイの首を抱き寄せる。
ぐち、というあたしの肉の潰れる音と共に、スイの顔があたしの上に突っ伏す。
「!」
スイが押し黙った。
足音。
耳でなく身体で感じる、重く大きく遅いもの。
人間のようで人間でない、4足か6足の何か。
スイが目と心を閉じていることを願う。
8足の大きなものがやってきて、魔術師を『吊り下げる』。
それは一瞬のことではなくて、すべてがゆっくりと行われ、とても長い時間がかかったはずなのに。
魔術の行使も抵抗も、言葉のひとつもなかった。
「?」
8足の大きなものに、耳元で何か言われた。
スイが何も聞いていないことを願う。
そのまま今度こそ意識が途切れた。