教会の癒やし、心理外傷への対応 / 心の光
「古代戦艦の墓所まで、スイを迎えに行きたいのだけれど」
「構いませんよ。墓所は信仰対象そのものである古代戦艦を拒否しないでしょうから」
レインの返事は軽い。
続く言葉もレインの担当ではないこともあって軽い。
「経営3科が良い顔をしないのでは?」
「そっちは掌砲長に説得の文句を考えてもらってる」
イリス様にお許しを貰い、その足で予定通りに教会による診療事業を視察へ。
「昔は診療一般が教会のテリトリだったのですが、魔術や科学が発達して、いまは教会が担当するのは精神のケアが主になっています」
「アルゴ、見学に来たわよ」
視察で問題になるのは、心療の現場を見るということは、患者のプライバシがないということだ。
今回の視察は、アルゴから誘われたところが大きい。
「ヨナには義妹の恩があるからぬ。これくらいなんでもないぬ」
「アルゴの心配はもっともだわ。
古代戦艦にヒトの気持ちがわかっているかどうか、怪しいところだもの」
うんうんうなずく私の言葉を、アルゴは微妙な顔で否定した。
「いや、さすがに、そこまでひどいことを考えてはいないぬ」
「通常は、治療はカウンセリングと処方薬で行います。
魔術などを用いた高度治療もあるのですが、禁輸の技術ですし、人材も道具も希少なのでめったに回ってこないというのもあります。
ただ今回は、イリス漁業連合の勃興で回ってきた、数の少ない遺物を用いた治療を行います」
今回の心理療法で使う道具が、黒い金属内張りのされた暗い色の木箱。
開くと、見覚えのある電灯。
「教会が保管している遺物、アトモライトの希少種です」
「パルスフラットライン、または『心の光』とも呼ばれています。
教会で各宗教教義とともに、これの大きなものが暴動の鎮圧に使われたりしましたからです」
「ただの電灯に見えるけれど、どう使うの?」
「ただ患者に見せるだけです。使うというか、効果があるので。
強度の心的ダメージは、生きて意識が続いているだけで辛い記憶がリフレインして、苦痛が続くものです。
そして、これの光を見つめていると、心が平らになります。
喜怒哀楽の感情が消えるのです」
「それ、ヒトに照射しても大丈夫なの?」
「鎮静剤みたいなものですよ。
薬と違って、専門家が監修して短時間使うぶんには、副作用もないです。
患者の前で言うのもなんですが、治療に使う範囲では、大きな効果があるものでもないんです」
そういうものなのか、と納得しかけたところで。
「古い時代の教会では洗脳に使っていました。命を捨てることすらためらわない従順な戦士を作ることができるので」
「ヤバい代物じゃない」
「だから教会で厳重に管理しているんですよ」
その教会が悪用をしていたという話じゃなかったか。
「それに、心理治療としては穏当な方法です。ペインコントロールの対症療法で、これをもって根治しようというものでもありません。
力ずくですぐさま治してしまおうとするなら、記憶を外科的に除去するとかがありますが。
とりあえず辛さを減じて、記憶を受け入れるまで精神が潰れないようにするためのものです」
相手の心に踏み込む内容を、問いかけたつもりはなかったが、視線で心情が隠せていなかったようで、アルゴが答える。
「そこまで辛いわけじゃないぬ。ただ、珍しいものがあるってきいたから、体験しておこうかと思っただけぬ」
「発令所要員の定期心理検診を義務付けたのはヨナさま自身じゃありませんか」
実際のところ、イリス漁業連合でいずれ戦死者が出るのは既定路線だ。
だから幹部から使えなくなる者を減らすという理由で、教会がもつ精神ケアのシステムを強く要望していた。
『心の光』の貸与は、イリス漁業連合の要望に教会が答えた結果ということだろう。
「わたしはこのまま立ち会いをしますので」
言いながら、レインが目元に黒のヴェール。
紫外線防護ゴーグルのようなものを使うわけではないらしい。
たぶん魔術がかけられている教会の備品だろう。
「私たちはそういうの着けなくても大丈夫なの?」
イリス様の両目に『いないいないばあ』しながら確認する。
「ずっと見ているならともかく、最初に数分立ち会うくらいなら問題ないです」
箱のクチを患者のアルゴに向けて、レインは無造作に目の前に回り込んでライトを点灯する。
「うーん、なんとなく中世を連想するいい加減さ」
説明をきいたあとだと、大丈夫だときかされていても、デーモン・コアを素手でいじる危険行為に見える。
イリス様は目の前の光景に興味がなさそうだし、ならば塞いだ手を離す積極的理由が見つけられなかった。
「イリス様の頭蓋骨、やっぱり綺麗。触ってて飽きる気がしない」
「ヨナの発言が通常運転で危ないぬ」