択捉を動く家として / 保護者戦艦イリスヨナ
「もうそろそろ、スイを迎えに行こうかと思うのよね」
択捉の発令所にお邪魔して、ひと休み中の雑談。
択捉の艦長代理、ロイヤルがすごい顔をした。
「漁務はどうなさるおつもりですの?」
「倉庫にいっぱいあるじゃない」
手付かずの海洋生物資源は、古代戦艦イリスヨナと海防艦択捉がテキトウに網を投げるだけで体積いっぱいになる。
択捉の大きなペイロードでもぜんぜん足りず、両船の巨大な機関出力をいいことに、網のまま浜まで船外曳航している。
いずれは漁獲制限のコントロールが必要になるはずだが、いまのところ減産は気配もない。
曳航用のはしけを用意しようかと話をしている。
高級品や足が早い最優先の魚類だけを振り分けて、残りは文字通りの塩漬け。
仮設倉庫は最低限の処理だけして塩を振った状態の海産が積み上がっている。
海に面した田舎の端、辺境の伯領地では塩は輸入の岩塩主体。
海塩の生産がほとんどないこの世界で、塩はそれなりに高級品なのだが。
「このまま積み上げ続けたら、そのまま魚醤になってしまうんじゃない?」
冗談はともかく。
もうそろそろ夏がくる。
「スイはね、私が引き込んだのよ」
クーラーの艤装が間に合うだろうか。
艦載専用のものを開発中だときいているが。
「こちらから一方的に抱き込んだ手前もあるし。
スイは現状を悪くなく思ってくれているみたいだけれど。
だからって家出少女を迎えに行かないのは、さすがに薄情だと思わない?」
「イリス漁業連合はスイ艦長の雇用主であって、保護者ではありませんのよ」
それはわかってる。
「でも、そういうの、なんだか悪くないぬ」
アルゴが自分の頭のツノを撫でる。
優しい手付きに、何か慈しむべきものを思い出す顔。
乗員たちの雰囲気も同じようにぬるい。
ロイヤルは難しい顔のまま、ため息。
「了解いたしましたわ。長期作戦行動の準備をいたします」
「え、択捉ついてくるの?」
驚く私に、ふたりはこっちこそ驚きだという表情でかえす。
「連れて行かないつもりでしたの?」
「せっかく動く家があるのに、迎えにいかないのは片手落ちだぬ」
それは確かにそうかも。
「じゃあよろしく」
イリス様に許しを頂き、レインやみんなにも相談しないといけない。
表情を一瞬ゆるめたロイヤルが、何かが引っかかったぞという顔でつぶやく。
「ところで艦長が家出とはどのような意味でして? 特別任務ではありませんでしたの?」




