目をとじ、耳をふさぎ / ローラーブレードで危険な森を突っ切る / 不穏
「あたしが先行してクリアリングするから、少し離れてついてきなさい。
最初に注意しておくけれど、あたしが言ったら、目をとじて耳をふさぐこと。
もしあたしとはぐれたら、ずっと『あー』とか叫んでなさい。あるいは歌をうたうとか。
あたしがいいって言うまで、何も知覚してはだめよ」
「えと、意味がよくわからないのですが」
「無視するのよ。問いかけに答えてはいけないし、何かが話しかけていることから意識を外すの。
答えたら戻ってこれなくなるから」
「なんですかそれ。怖いんですが」
ローラーブレードの準備をしながら、ひざ当てのベルトが締まっていることを、互いに確認する。
「というかローラーブレードした状態で目を閉じるとか、確実に転びますよ」
「走りながらしろとは言ってないわよ」
イリス漁業連合から支給されたローラーブレードは、これまた支給品であるコンバットブーツのアタッチメント。
地上施設の拡大に対応するのと、いずれ船内を幹部乗員が高速移動できるようになる構想。
いまはまだ、船内を走ったら激突事故を起こすだけだが。
胸当ては、装甲板なみの強度をもつ制服が担保する。
付属品として、膝当て・肘当て・ロングの手袋・指ぬきのグローブ。
ケナフの幼木が吐く毒は、制帽の毒よけ性能に任せる。
「じゃ、行くわよ」
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継ぎ目のない石材による、高所の通路。
「怖い怖い怖い!」
「落ちても死にはしないわよ。受け身はちゃんととりなさい」
「とらないと死ぬんですか!?」
巨木の枝と根が、管理路をさけて伸びる。
腐葉土がうっすら覆う平たい道を、ローラーブレードで進む。
馬でケナフの森を進むのは難しい。
動物は毒の森を進むのを嫌う。
ヒトも同じ。
でもあたしは、古代戦艦に深く関わる遺構を進んでいるいまが、とても心地よい。
ドキドキする。
ふいに、フィトンチッドを含む青臭い匂いがひときわ強くなる。
「スイ、息止めて!」
何か言いたそうな表情だが、素直にひと息吸い込み、スイが口を閉じる。
ケナフの表皮が産毛のような綿を生やして白くぼやけている。
強い毒を吐く毒綿の段階。
表皮を濃い体毛に囲まれた種族が、マスクをしないと作業が難しいレベル。
制服は標準装備で防護性能のぎりぎり。
魔力のないスイが息を止めていられるのは45秒程度。
無言で増速。
視界はどこまでも白く、森の中にあって、毒の綿毛が光できらめいて綺麗。
やがて発生初期の森を行き過ぎる。
「息していいわよ!」
ゆっくりと停止。
「だああ」
くずおれて息をととのえるスイ。
「このへんもまだ濃度が高いから、早めに行き過ぎるわよ」
「つ、つらい」
端的な感想だった。
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「明らかにヒトが争った形跡があるわね」
管理小屋は二階建て丸太のロッジ、入ってすぐの受付にヒトの気配はなく、発掘道具や野営用具に書類と雑貨が散乱している。
見つからないものは、受付机の裏に並べられていた。
「不穏ね」
「不穏っていうか、フーカ、死体! しんでますよ」
見ればわかる。