ヨナの望み / 私たちの太平洋戦争を始めないために
「ヨナあんたねぇ、あそこで承諾を答えられないくらい嫌なら、ばっさり拒否すればいいじゃない」
択捉の士官会議室。
艦長室のすぐ隣にあるこの部屋は、船の幹部要員を詰めることができる。
いまは、私とイリス様とフーカの3人。
斜め上にある発令所では、船員たちが集まったまま私の返事を待っている。
「プライドとか良心とか体裁とか引っ込みつかないとか、そんなことは案外どうでもいいのよ。
あんたの立場なら、嫌な気持ちをもっとわかりやすく態度に出して、周囲のものを蹴るとか、怒鳴るとか、てきとうに当たり散らせば済む話でしょうが」
「そんな無茶苦茶な」
弱りきって椅子に座る私を隣りに立って見下ろしながら、フーカは勢いよく息をひとつ吐く。
「レインとトーエが、龍宮神社の葬儀手順の書き換え準備、進めてるわ」
「え」
「でもね、ふたりはあんたの意志を無視するつもりなんてないわ。
むしろ、あんたが何を望んでもあたう限り叶えられるように、先にできる準備をしてる。
で、あんたはの望みはなに? いま、何を考えてるの?」
イリス様が私を覗き込む。
「ヨナがしたいように」
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「私は、死んだ人間には興味ありません」
「言ってることと顔が一致してないわよ」
手厚く葬ってもよいし、打ち捨てても構わない。
あくまで残された側、生きている人間の問題だと、私は思っている。
そうしようとあがいても、死者に敬意を持つことができない。
たしかに龍宮神社はただのコピーで、まがい物のつくり物。
それでもトーエがデザインし、宗教家のレインが場として整えた以上は、本当の宗教設備でもある。
「ただ、いま生きている船員たちが、あのしようもない戦争と同じ状況におちいる未来は見たくない」
竜宮神社に戦死者を葬りたい、と言われた。
この世界で乗員たちが『竜宮で会おう』とか言い出したら、たぶん私は嘔吐する。
戦争末期に露呈したザマの数々を詳しく知るミリタリィ・フリークたちが太平洋戦争にロマンを語る様子に、私は宇宙人の交尾の様子を観察している感情しか持てない。
しかし艦船は美しくて、どうしても惹かれてしまう。
所属も用途も悲劇も喜劇も悲惨な死でさえ、艦の容姿にはすべてをヤワにしてしまう力をもっている。
だから怖い。
「それでも私は、彼女たちの望みに答えたい」
「決まりね」
択捉の艦内電話でレインとトーエを呼び出すフーカ。
しばらくして私へ電話を差し出す。
「ヨナ、作戦部長としてあんたの命令は拝領したわ。さ、広報室長にも要望を伝えなさい。
あたしたちはイリス漁業連合のメンバはあんたが本気で望むなら、そのオーダを叶える」
電話を受け取った私に、フーカは言う。
「ヨナ、あたしは勝つのよ」
規定事項だという口調だった。
「だから安心しなさい。あたしがいる限り、この世界で太平洋戦争は起こらないわ」