巫女姫イリスと元婚約者 / 古代戦艦イリスヨナ、暴走の危機(だとみんなは思っている)
「庶民がパーティに出たら、食事の美味しさに感動するところでしょ」
『わたしもそう思ったんですが、うーん。そういうフーカはどうなんですか』
「食事なんて栄養とれれば全部いっしょ」
『あー、よくないですよそういうの』
魔術を使った無線イヤホンマイク。
この世界ではわりと一般的だが、魔力供給の都合で貴人くらいしか使えない。
魔力のないスイがパーティ会場でどうしているかというと、わかりやすく、大きめの機材に隣のレインが常に魔力供給している。
もちろんパーティにイヤホンマイクを着けて参加は褒められたことではないが、スイには会場外からのアドバイザも必要という理屈でゴリ押しした。
アドバイザとはつまり、パーティ会場に出しづらい古代戦艦イリスヨナの化身こと私。
「へえ、偉いヒトたちのパーティって、挨拶回りで食べられない、みたいな話があるけれど」
私の疑問にレインがさっと答える。
『主賓ならともかく、客に食べさせずに返したら開催者の恥になりますから』
「言われてみればそうね」
『会場のイリス様は今日も健啖ですよ。ご安心ください』
さすが教会の上級職員、パーティ会場で平民出身なスイのエスコートを、イリス様の様子を見ながらそつなく進めていた。
トーエがスイに声をかける。
「制服、着心地はどうかしら? 重く感じるようであれば調整するけれど」
『いえ、大丈夫ですよ。フーカさんのコーディネイトすごくかわいいですし、制服もいつも着ると背筋が伸びる感じがして好きです』
「それは良かった。褒めてくれてありがとう」
『着ている服を褒められるって、すごく嬉しいことなんですね。お金持ちのヒトたちが服にお金をかける理由がわかる気がします』
艦長になった時点で『増加装甲』されたスイの制服は、元から背のリボンがマシマシ。
そこに魔術紋様織り込みのパニエ、女子のこだわりを素直に反映したヒザうえ丈のスカートが合わさる。
トーエがパーティ向けのコーディネイトを付与した結果誕生した極ミニ制服は、パーティ会場の中では十分にドレスらしく見えるだろう。
帝都のパーティに参加する子女はそれなりの出自であり、ドレスへの審美眼も厳しい人物ばかりの中で、上々な評判がもらえているのは良い傾向だ。
「制服で船員募集してるところがあるわよね、ウチ」
択捉の発令所で枝豆をかじっているフーカが言う。
「あ、別に含みがあるわけじゃないわよ。その価値はあるって言ってるの」
命を危険にさらしてまで着る価値のある服。
トーエには最初からそのようにデザインしてもらった制服であり、最高の褒め言葉だが。
殉職者が出たばかりで、私には素直に頷けなかった。
「いつか言ったでしょ。貴人家の女にとってはドレスが戦闘服だって。
イリス漁業連合の制服を1度着たら、パーティドレスに人生かけられる貴人子女の気が知れないってなるわよ。
ヨナ、あんたの考えは違うんでしょうけど。
この広い世の中には、俯いて生きることは死ぬより辛いっていう、しょうもない奴もいるのよ」
いや私は、自分の理想のために生きるフーカの生き方は、そんなに嫌いではない。
私が答えようとして、あーやめやめ、というトーエの手の仕草。
会話の先が見えたのだろう。
「案外、今回パーティ会場から直接リクルートできるかもしれないわよ」
「それはさすがにどうかしら」
高等教育を受けた人材はもちろん欲しくはあるが。
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パーティも佳境に入り、もう何人目の話し相手だったか、数えてもいなかった。
その男性には珍しく、スイではなくイリス様が相手をしていた。
「昨日はお騒がせしてしまいましたから。ゆっくり話す機会はもう無いものかと」
「話がしたいのですか?」
「ええ。ただここで私たちが話していると目立ってしまいます。できれば場所をかえて。よろしいでしょうか?」
「もちろん構いません。
ただ、ヨナが言っていたので今日はパーティのあいだ、スイといっしょにいなければいけません。
同席しても大丈夫ですか?」
「仕方がありませんね」
『スイ、ちょっと』
『え、無線切るんですか』
「切るような話をするの?」
『あーもう!』
舌打ち。
本人には申し訳ないが、不機嫌なレイン、かわいい。
強く擦り合わせるあまりキシキシと鳴る蜘蛛足が目に浮かぶようだ。
「どこが?」
フーカには同意してもらえない。
『ヨナさま、落ち着いてきいてください。
フーカ、あんた死んでもヨナさまを止めなさいよね』
「暴走した古代戦艦を素手で止めろってこと? 無茶言うわね」
「え、何。私が暴れるようなことなの?」
レインは短く息を吐き、つばを飲み込んで答えた。
『伯はイリス様の元婚約者です。昨日、多くの目があるなかパーティ会場で婚約破棄をしたのですが』