ミッキの時間、フーカの時間 / 大破撃沈の想定 / 私の設計した択捉はあそこで沈むはずだった
「平面化した船体、ブロック化した構造と、既成品を多く用いた部品構成。
ここまで説明したように、択捉はコンセプトからして、まったくもって簡単に作れる人造艦船となっています」
択捉の発令所から、艦内電話で別室の説明会を聞いている。
造船責任者のミッキが、『人造艦船』の設計建造について説明をしていた。
見学者たちは『あなたがそう言うならそうなのかもしれない』みたいな顔になっているだろう。
だが、あたしの意見はミッキとは真逆だ。
「これらは現在行っている量産製造においては優位な性質です。
しかし競合が現れた場合には、すぐ追いつかれることは明白です」
そんなわけあるか。
「実績においては先行していますが、技術開発へのさらなる投資が急務です。
競合に対抗する優位性を確保することが、イリス漁業連合の造船技術の現在の目標です」
現状ですでに、追いつくどころか、真似もできないだろう。
まぎれもない成果物である択捉に乗艦しておいてなお、未だにこの短期建造を半信半疑に感じている。
現代艦船は、見ただけでコピーできるようなものではない。
ましてや、話できいただけの大日本帝国海軍『択捉』海防艦を理解し、再現・アレンジして建造できる造船技師などありえない。
確かに時間をかければ、いずれ追いつけるだろう。
だが、現時点でミッキと同じところまでたどり着いている造船技師は、大陸中探しても他に見つからない。
大陸中にたったひとりの、大型船を扱える造船技師。
人造艦船が影もカタチもない時代から、人生のすべてを想像上にしか存在しなかったものに捧げた本物の狂人なのだ。
あたしだってそう。
使いみちのない艦隊戦術を、部屋にこもってひたすら発掘研究していた。
ミッキはあたしと同じ。
ヨナが集めた人材には、スイ以外は人格的にろくな女がいないが、どういうわけか能力的には他にないのだ。
積み重ねた時間の長さが、すでに他とは圧倒的に違うのだから。
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横でふんふん鼻歌を歌いながら、ミッキの話を理解していない顔で楽しそうに聴き入る獣耳幼女を見る。
古代戦艦イリスヨナの化身、ヨナ。
記憶の上では、日本という国の出身で元は人間。
軍艦フリークで、戦いが嫌いで、敵の殲滅に迷いなく、自分の主である童女に愛欲的な目を向けている、船の女。
造船技術について、ヨナが以前言っていたことが気になっている。
『むしろ競合が現れてほしいのよね。現代艦船をもっと増やすために』
ヨナは、あたしにいずれ『艦隊』を預けると言った。
そして、あたしが指揮する人造艦船の艦隊はいずれ古代戦艦に勝利するだろうと、古代戦艦であるヨナ本人が言う。
択捉を起点とする『現代艦船』が、いずれ古代戦艦を駆逐しうることをヨナは理解している。
あたしには、ヨナが何を考えているのかがわからない。
あるいは自勢力の艦が増えることが古代戦艦であるヨナにとっては生殖に相当し、セックスに類する本能的衝動なのだろうか、などと仮説を立ててみたこともあるが。
イリスへの視線を思い出して、それは無いと断言できる。
ヨナが艦船を見る目はあくまで趣味的な喜びであることが、同族同士の共感から理解できる。
イリスを見ているときのほうが、明らかに愛欲的なことを考えている顔をしている。
ヨナの矛盾しつつわかりやすい性格はともかく、得体の知れない古代戦艦のヒト型実体。
そのうちイリスの腹に卵を産み付けたりしないか、とか、そういう心配したほうが良いのかもしれない。
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見学者からの質問は続く。
「しかし実際に、海防艦は古代戦艦を撃破して攻撃からも生き残りましたよね」
「いえ、あれは択捉の装甲が未完成であったがゆえの、本来ありえない偶発的事故でした」
ヨナの周囲にはあたしを含め、本当にろくな女がいない。
まともなのはスイくらいだ。
ミッキは平然と、別にケンカを売っているわけでもなく、こういうことを平気で言う。
「択捉の艤装が完成して次に同じ状況になったときは、敵の魚雷も機能するでしょう。
本来であればあの戦闘で、択捉は大破撃沈していたはずです」