海防艦『択捉』見学会 / 帝都広報戦略 / 『漁船』のアリバイ作り、がんばります!
「わたしは艦長のスイです。本日はイリス漁業連合所属、近海域防疫漁業艦『択捉』1番艦へようこそ!」
択捉へ渡されたタラップの前。
集まった30人前後の見学者を前に、艦長スイが説明を行う。
「最初にいくつかご注意を。
これから着ていただく救命ジャケットは、見学中は絶対に脱がないでください。
甲板から落下する危険がありますので、手すりに近づく際はご注意をお願いします。
艦の備品にはお手を触れないでください。
『択捉』は漁船ですが、海獣に対する防疫活動のために危険物を積載しております。
見学コースを外れないでください。
勝手な行動をとられた場合など、択捉側の判断で途中退艦いただく場合があります。
有事の際は艦長以下、船員の指示に従って避難していただきます。
最後に、艦は多少の揺れがありますので、具合の悪くなった方はすみやかにお申し出ください」
すらすらと説明する。
カンニングペーパーのたぐいは使っておらず、内容を前日にフーカがヒィヒィ言わせながら叩き込んでいた。
「ではゆっくりと移動を開始しましょう。
まずは、こちらの立て看板がみなさんを歓迎しているイメージキャラクターの択捉ちゃんです」
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見学者たちは多様な背景をもっている。
レインの人脈に近いところから、教会の高位職員と大国アルセイアの大臣筋親族。
イリス家と少ないながら縁のあった貴人家の巫女。
海洋技術学園の生徒親族。
見物人の市民へ、年齢制限のうえ希望者に抽選。
地上戦は大国アルセイアが劣勢で進んでおり、大きな理由が敵の古代戦艦。
そんな情勢下で、択捉による敵艦撃破のニュースは熱烈に歓迎された。
世間の好意の波に乗って、イリス漁業連合のイメージアップと乗員募集のための広報をしよう、というのが『択捉見学会』の目的だった。
『人造艦船は軍艦じゃない』という言い訳の、既成事実を作ってしまうねらいもある。
古代戦艦は象徴かつ重要機密であるため、乗艦に制限がある。
択捉は『ただの巨大な漁船』でしかない、という社会的認知を手に入れておかなければ、いまでも難しい乗員集めがままならなくなる。
あとは味方づくりと、間諜のあぶり出し、その他エトセトラ。
人造艦船とイリス漁業連合はこの社会にとって新参なので、市政に浸透し受け入れられることが、とても重要だ。
そのためにも、基地祭や観艦式といった公開・交流を積極的に行いたい。
とはいえ、イリスヨナと択捉には通常業務(漁業)があって忙しい。
今後、大国アルセイアの中央に来ることがあるかわからないので、せっかくの暇と機会をムダにしたくはなかった。
見学会の市民参加の枠は、抽選倍率が100倍を超えた。
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「あーいいなぁ、私も択捉を乗船見学したい、すっごくしたい」
「あんたは毎日いつでも『択捉』でも『イリスヨナ』でも乗り放題でしょうが」
艦長が見学者の案内引率に出ているので、フーカは艦長のかわりに発令所で待機。
待機といっても半分くらいは単なる名目で、出自がバレると困るフーカを表に出さないための処置だ。
私はそれに付き合って、択捉の発令所でいっしょに見学会の様子を観察していた。
発令所から見下ろせるし、艦内電話システムとイリスヨナの観測機能で見学会の状況は把握できる。
「まあ、あんたの気持ちも、わからなくもないけど」
「でしょ!?」
フーカも本性は艦船フリークなのだ。
わからないはずがない。
「とはいえ、そもそもこの択捉、実質的には『ヨナ』の所有物みたいなものじゃない」
「私のモノではないわ。イリス様のための艦隊だもの」
そこに何の違いがあるのよ、とフーカはひとりごちる。