VS狙撃戦艦1 / 手の届かない遠方の敵、ミサイルのないミサイル艦
『遠方に艦影を発見』
ひとつ向こうの河川に合われれた艦。
丘の影に隠れていたと思われる唐突な出現。
開戦はいつものように突然だった。
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「スイ、フーカ、艦影!」
有線電話の背景に、スイによる第一種戦闘配置の下知の声。
「択捉、戦闘配置を!」
電話口でフーカが答える。
『聞こえてるわよ! とっくにやってる!』
「艦隊にはイリスヨナが」
発見と同時に飛びだしていった副長が、ハッチから発煙弾を打ち上げる。
前後して他の数隻から同じ色の発煙弾が上がった。
ペリスコープを覗き込んでいた掌砲長が叫ぶ。
「不明艦からの発砲を確認!」
『不明艦を敵性と識別。敵第1波は衝突軌道、衝撃に』
古代戦艦イリスヨナへの命中弾。
瞬間、激しい金属の擦過音。
盾で弾いた弾頭が、鋭い軌道で水面を走る。
側方にいた、背が高い古代戦艦の甲板が吹き飛んだ。
「おい、友軍艦に当たったぞ」
掌砲長はその友軍艦の艦名を完全に覚えていない様子だが、訂正する余裕もない。
「とっさに跳弾までコントロールできないわよ」
「それもそうか」
あっさり納得するのもどうかと思うが、事実は事実。
盾を斜めに沿わせて避弾経始を作るのだが、盾の可動速度と角度がぎりぎりで、イリスヨナ自身を守るのがせいいっぱいだ。
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敵艦は最初に3回イリスヨナを狙ってから、周囲の船へ狙いを変えた。
『こちらも艦砲で反撃を始めたけれど、命中打にはならなそうね』
電話口のフーカは不機嫌な口調を隠さず、観測以外やることのない掌砲長も毒を吐く。
「ひどいもんだ。さっきから観測射もなしにやたらと撃ってる。艦のバランスにも気を使ってないから修正射撃にもなってないぞ」
そしてそれは事実だった。
反撃の撃ちはじめが早かったところだけは褒められるかといえば、そうでもない。
実際にはパニックでヤケになって撃ちはじめただけで、統率もなにもない。
エーリカ様も指摘していた、大国アルセイア側の練度の低さが如実にあらわれていた。
「対するあちらの狙撃は正確だわ。初弾からイリスヨナに命中させたわよ。
以降も観測射撃による修正もなしに、次々とこちらの艦に命中させてる」
『イリスヨナの光学望遠では、敵はどんな様子なの?』
「敵艦は通常戦速でこちらと並進。後部甲板にある長砲身2連装の砲塔1基のみを運用しているわ。前方2基はこちらを向いてすらいない」
『それが敵艦の目玉機能ってわけね』
それからフーカは小声になって。
『ここまでの高精度には心当たりがないけれど、ほかの特徴も鑑みて、主砲が後方にあるのはたぶん長砲身の『古代戦艦アンドレア』だわ』
択捉の艦橋には艦長のスイや他の乗員もいる。
現状で大国エルセイア勢力の敵艦に詳しい、というフーカの知識は、出自を勘ぐられる材料になる。
『それでヨナ、この状況、古代戦艦イリスヨナは打つ手なしかしら?』
「ええ」
そうなのだ。
古代戦艦イリスヨナは砲塔がない『ミサイル艦』であり、そしてミサイルを装備していない。
対空散弾のたぐいでは、威力も射程もまるで足りない。
残る攻撃手段は「魚雷」と「衝角によるラムアタック」しか残っておらず。
遠方の、陸を挟んだ向かいの河川にある敵艦を攻撃する手段はない。
『択捉も魚雷一発しか装備してない以上、手出しのしようがないわね』
そもそも択捉は艤装途中の未完成。
たとえ艤装が完了していたとしても、対海獣の至近12cm口径では完全に射程外。
古代戦艦には当たったとしても雀の涙で、傷一つつけられない。
古代戦艦イリスヨナと、イリス漁業連合所属の現代艦船『択捉』。
私たちに打つ手はなかった。
『敵の目的は不明だけれど、イリスヨナが重要目標なのは間違いないわ。
周囲の艦は巻き込まれて大損害、イリスヨナは座して眺めていた、というのも政治的に都合が悪いでしょう』
「でも」
『それとイリスヨナ、こちらは牽引索をいつ切っても大丈夫よ』
先導していた戦艦の砲塔が吹き飛んだ。
これで3隻目。
『イリスヨナになら、この状況でもできることがある』