択捉の夕べ / 幼き巫女姫様と夕食会
イリスヨナが合流した初日、はしけで始まった夕食会。
択捉の乗員的にはおおむねいつもやってるやつ、である。
イリスが間欠参加するのも変わらず。
発令所要員は貴人家の出身が多いこともあり、来賓の扱いもそれなりに。
なにかと気の回る艦長のスイが挨拶のあと、なかば裏方にまわるのも、役割分担としては良い。
スイは平民出身で作法がまだ怪しいので。
「しかしイリス様を見ていると、とても巫女とは思えませんな。幼くていらっしゃるのもそうだが」
来賓の中でいちばんよく話すのは、この長帽子にひげの男。
話の中で核心を突くのも彼だった。
そうなるといつも、周囲は静まって会話に聞き耳を立てる。
「私が言いたいのは、今日まで見せていただいたイリス様の健啖っぷりです」
黙って桃のジュースを飲んでいたフーカが、心の中だけで顔をしかめる。
イリスヨナが他の古代戦艦と比べてあまりに奇異な船だから、イリスの立ち居振る舞いだけで漏れてしまう情報があるのだ。
古代戦艦の巫女は、操艦中に体力精神力を大いに摩耗する。
当然に食欲を失うし、食事が喉を通らなくなるほど。
今回の移動だって、動けない船がでれば動ける船で曳航し、途中に休日まで設けている。
しかしイリスは。幼年とは思えない旺盛な食欲で択捉の重めの夕食メニューをぺろりと平らげる。
また食事中に好物だという桃のジュースを何杯も飲む。
痛みやすい桃を持ち込んでかつ冷たいというのも、イリスヨナの冷蔵庫が機能していることを、言って広めているようなものだ。
イリスが幼年とは思えない流麗な言葉つかいで答える。
「択捉の食事はおいしいので。珍しいものばかりかもしれませんが、お口に合いましたでしょうか?」
「ムニエルは川魚で食べることがありますが、海の魚でも美味いものですな。海の魚は牛の良い部位のように油がのっていて、しかし牛よりしつこくない」
「参考までにお聞きしたいのですが、これまででは、どのメニューがお気に召したでしょう?」
「今日のムニエル以外でしたら、最初の日のシーフードカレーがよかった。見た目には驚かされましたが。スパイスで海鮮の臭みを消すのは良いアイデアですな」
広報で提案予定の、慣れない消費者のために海鮮特有の臭みを消すメニュー。
彼はそういったところを見抜く目があり、公然と指摘するテクニックで話をつなげて情報を引き出すことに長ける。
対するイリスの返しは、なんとも評価が難しいものだった。
「私は皆さんから巫女として普通と違うと言われるのですが、私はヨナしか知らないので、理由はわかりません」
メニューアンケートで話をそらすことに成功し、普通なら彼の方から『イリスが巫女でありながら健康な理由』に強引に話を戻さなければならないはずのパート。
思惑を外すには良いが、イリスはこのあと彼の疑問に対して、信じられないことに秘匿ではなく回答を試みる。
情報は原則、秘匿するもの。
政治と戦争について、結局イリスヨナ主要メンバは甘い。
というか興味がないのだ。
レインはそのあたりしっかりしているのだが、目が全体に届くわけもなく。
「私はヨナ以外の船を知りません」
「失礼かもしれませんが、イリス家の巫女も短命であられた。これまでは他の船と変わらなかったようだ」
「私は何もしていません。ヨナは私に心を開いてくれます。私はヨナにすべてを委ねています」
「それは、なんとも他の巫女には難しいですな。イリス様の才能は、あるいは偶然だと?」
「いいえ、そういうことではないのですが」
イリス自身は何かを説明しようとしているようなのだが、どうにも話が要領を得ない。
まあフーカとしては、秘匿すべき情報が漏れないなら、なぞかけでも何でも勝手にしてくれて良いのだった。