大国アルセイア、大観艦式の参集命令 / 美しい、あなた
「ヨナ、あなた帝都の観艦式に参加することになったから。もちろん択捉といっしょにね」
いつものエーリカ様の無茶振りは、そのように行われた。
エーリカ様の私に対する言葉は、つねに命令形の決定事項。
そしてそれを許してしまう強さと美しさを、エーリカ様は持っている。
「帝都というのは、王都での観艦式とは違うんですか?」
「大国アルセイアの連邦首都よ」
「まさかそのまま強制徴発されて実戦配備、ってことはありませんよね」
「大国ストライアの古代戦艦が、最近になって多大な戦果を挙げていることは知っているでしょう?」
それはまあ。
艦砲射撃による地上戦支援で、大国ストライアの軍勢は城市を次々と陥落させているという。
古代戦艦が遡上・運用可能な大河川が縦横無尽に走る、大陸の地勢によるところが大きい。
大陸そのものがあまりに広く、太い河川もあって、勢力圏内でさえ、古代戦艦の捕捉が難しい。
また位置がわかっても、こんどは水上にある古代戦艦を攻め落とす方法がない。
「もちろん今すぐ参戦を、という意見がないではないわ。
大国アルセイアは盟約により、辺境国に参戦を命ずることができる。
古代戦艦にぶつけるには古代戦艦が良いのは明白だし、ほかに都合のよい余剰戦力があるわけでもなし。
実際に、古代戦艦イリスヨナは訓練なしにやってみせたわね」
それを言われると耳が痛い。
状況的に他になかったから仕方なく切り抜けただけで、あんな無茶の数々はもう頼まれてもやりたくない。
「でも吸血種の勢力は反対しているわ」
吸血種は自分たちの苦手な水上の艦船勢力を目の敵にしている。
古代戦艦に活躍されて政治的発言権が増すと困るのだ。
「それにイリスヨナの活躍はともかく、大国アルセイアの古代戦艦は戦闘訓練をまるでつんでいない。
対する大国ストライアは、少なくとも数年の準備期間をおいて実戦に臨んでいるわ」
それはそのとおり。
古代戦艦はほんの数年前まで動作が不安定だった。
実戦運用どころか出港がせいいっぱい、洋上に出たらまず戻ってこれないのでは、とさえ言われていたという。
「敵側は艦船運用の戦術研究も進んでいるようね。
歴史ある地上戦から見れば初歩的なものではあるけれど、古代戦艦の性能と組み合わせることで、高い効果をあげている。
現に敵側古代戦艦は複数で組織的に運動して、大きな戦果を生み出しているわ」
先行した相手の得ているアドバンテージに追いつくのは一朝一夕のことではない。
技術力もそうだが、人材育成はそう簡単に成るものではない。
イリス漁業連合がいま、いちばん懸念している課題でもある。
「そこで観艦式への参集よ。最初の団体行動の訓練と、示威行為を兼ねての大観艦式、というわけ」
なんというか、戦闘訓練というより、小学校の遠足のような微笑ましさがある。
だが確かに合理的だ。
私としては正直、一堂に介した他国の古代戦艦が見られる機会というのは心が踊る。
古代戦艦同士の交流を禁ずる大国アルセイアの古い条約は、戦況を理由に改定されるようだ。
「すごく楽しみです」
「それは良かったわ。みんなが一番見たいのはヨナでしょうけれど」
古代戦艦イリスヨナも、確かに綺麗な船ではあるが。
「そうじゃなくて、あなたのことよ」
そう言って、エーリカ様は私の頬を撫でる。
「そんなものでしょうか」
ヨナの人形的な容姿は整っているが、面白くは感じない。
「わたしやイリスのことは好きなのでしょう?」
「今日もお美しいですよ、エーリカ様」
「お世辞だったら舌を噛み切ってやるところだったわ」
それは惜しいことをしたかもしれない。
「私が確信する、あなたの価値を信じなさい」
それはあまりに勿体無い言葉で、私は呼吸が止まって返事もできなかった。