幕間:大国ストライアの攻城戦艦4 / アネモネ・ノート
「古代戦艦の艦砲射撃により、攻城戦が成功。今回も大戦果ですわね」
甲板上に集まって、お嬢様たちが敵地で優雅にお茶会というのは、いかにも気が抜けすぎている。
あきらかに、自分たち自身を欺瞞するための行為だったが、十代の少女が戦場に出ているのだ。
恐怖と緊張ばかりでは、早晩やっていけなくなる。
「対地攻撃についてはほとんど言及がありませんでしたが、それでもこの結果。
アネモネの戦術の有用性が、またもや実証されたかと」
大国ストライアの第1艦隊。
形ばかりの名簿上の艦隊編成から、名貴人家マティアス・グリューネヴァルトの名の下に参集した稼働する古代戦艦で再編された。
彼女たちが作戦立案実施に際して参照しているのが、マティアス家が提供した戦術文章。
編纂者の名前をとって『アネモネ・ノート』と呼ばれている。
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大国アルセイアと大国ストライアの戦争技術は、攻城戦から塹壕戦そして近代戦の要素が混交した、奇妙なキメラのような様相で均衡していた。
魔力保持者や魔力を帯びた獣は、戦列と防御を砕く強力な鉾である。
戦車のような彼らの足をとめるために塹壕が掘られる。
魔力を帯びた矢、攻城砲、戦列のいずれかをぶつけて数ですり潰す。
あるいは、魔力保持者に魔力保持者をぶつけるが、これも場を作った側が優位に立てる。
BC兵器に相当する呪術兵器は、薬物規制のように使用禁止条約と新技術がいたちごっこを繰り返す。
竜騎兵は大質量爆弾を投下可能な航空兵器であるが、数が少ないうえに魔力保持者に狙われると簡単に落とされる。
城壁は巨大なマトであるものの、大質量の巨大物体であるため、多重の魔術をかけて強化することができる。
その城壁を鉄槌や鉄球で突き崩すことができるのが、吸血鬼の巨人兵器。
ただし巨人も、持久力や操作可能な距離といった都合がある。
魔力保持者と塹壕の落とし穴が整った、万全の状態の敵陣を踏破することは難しい。
魔術に異生物に異能、そういったものが存在する世界でも、戦場に通常兵は必要で。
ゆえに彼らは戦場で無為に命を溶かしていく。
いち兵卒たちが真面目に作った真面目な戦場を、異能の存在が高笑いしながらひとひねりで吹き飛ばす。
バケモノユニットが埋めた塹壕を掘り返し、鉄線を張り直し、また吹き飛ばされて。
そこに現れた古くて新しい兵器が、近年になって飛躍的に動作が安定するようになった『古代戦艦』だった。
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大国アルセイア勢力圏では、吸血鬼による執拗な『海軍刈り』が行われ、海洋技術は失われている。
それほどでなくとも、大国ストライアも似たような状況。
古い戦術書を紐解こうにも、100年以上は前のものであり、中には古代文字でしか残っていないものすらある。
そうでなくとも複雑高度化した洋上戦闘体系は、専門用語のオンパレードとなっており、常用語で書かれているから読める、という代物でもないのだ。
そんな中で『アネモネ・ノート』だけが、現代の話者がわかりやすい言葉で易しい内容から説明してくれる。
アネモネは出奔の際に、決別を示すためか自室とともに個人の持ち物をすべて焼いていた。
しかし燃え残ったものもあり、その中には彼女が編纂していた古代戦艦に関する『ノート』のうち数冊が含まれていた。
「燃え残ったノートの散文だけでもこれだけの成果。
アネモネお嬢様がご存命であれば、艦隊戦戦術はさらに発展を見せたことは間違いありませんでしたわ。
もちろん個人的にも弔意をお示しいたしますが、そのような意味でも惜しい方を亡くしました」
「アネモネ様とは、大海戦時代の偉人のことではありませんの?」
「わたしたちと同年代の少女でしたわ」
「去年、事件を起こして失踪して、最近ご遺体が見つかったとか」
醜聞ではあるが、この場の最上位であるマティアスお嬢様は気にしない。
彼女は妹である『アネモネ』を、心の底から愛し気遣っていた。
だから非難の言葉でなければ、たとえ醜聞でも気に咎めず、むしろ旧友たちが妹を偲んでくれることを感謝してさえいる。
「昔はドックに毎日かよっていましたわね。ここ数年はドックに顔を見せませんでしたわ」
「部屋に引きこもっているのだと、お噂にはきいておりましたが」
顔を見せなくなったというか、飽きたというか。
飽きられたというか。
艦隊戦を何も理解しないままただ動かせただけの巫女が、ふんぞりかえって上から話してくる状況は、うんざりするものだろう。
巫女至上主義になりがちな古代戦艦周辺を、巫女の素質がなかった元候補がうろうろすれば、どうしても面倒やイザコザが起こる。
アネモネはさっぱりとした人物だが、それ故に裏での足の踏み合いを嫌っていた。
ドックに顔を出さなくなるのもうなずける。
古代戦艦について、外から見ているだけでわかることは、そう多くない。
そして、私たち巫女が古代戦艦の覚醒に何もわからず右往左往するだけだったここ数年。
アネモネは自室でひとり机に向かい、失われた艦船戦闘の技術をここまで復元してみせた。
アネモネの醜聞をなかったことにはできないが、一方で、現在の大国ストライアにおける艦船戦闘を確立するにあたって、不可欠であったことは間違いなかった。
「まっすぐな娘でしたわ。不平も不満も素直に口に出す、貴人の娘にはめずらしい、さっぱりした人物で。
いまも物を盗むような娘とは思っていませんが、でもだからこそ、まっすぐすぎたのかもしれませんわね」