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VS洋上怪奇5 / 軍装幻想少女 / 発火現象 / ヒトならざる

大日本帝国陸軍の軍装を身にまとった、金髪の少女。


レインが想定していたのは『この世界』でおこなわれた大海戦による戦死者の霊だった。

そして私の知る限り、太平洋戦争に金髪少女の日本兵など存在しない。


この世界で私を除いて、トーエだけが大日本帝国陸軍の軍装を知っている。

だから、除霊作業に慣れたレインですら一瞬思考が止まった中で、トーエは誰よりも早く異常事態の発生に気づいて動いていた。


あんな亡霊が現れるなんて本来はありえない。


霊体は途切れることなく小声で何かをつぶやいているが、あまりに早口で全く聞き取れなかった。


「do proclaim the sovereignty of the people's will and do ordain and establish this Constitution,

the powers of which are exercised by the representatives of the people,

founded upon the universal principle that government is a sacred trust the authority for which is derived from the people,

and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government,」


「ヨナさま! いったん下がります」


レインが腕を掴んで言うが、私は前を見たまま動けない。


日本人離れした容姿はともかくとして、太平洋戦争の亡霊が、この世界で私と関係なしに出現するはずがなかった。

亡霊の視線は当然に私をとらえ、次の動きは、距離をとる時間などない一瞬。


私の腕を引こうとしていたレインを、夢中で突き飛ばす。


----


瞬間、思い出したのは戦記小説の描写だった。

水死は息ができない苦しみが続く辛い死に方で。

船員は艦内を逃げて水びたになりながら、流れ出した重油燃料の火に巻かれて。


「熱い」


ヨナの両腕が燃えあがる。


あきらかに即死レベルの物理現象。

一瞬で全身に火が回った。


人体発火現象。


マグネシウムリボンのように人体が発光し。

発火の瞬間は1000度を超え。

立ったまま炭になる温度だった。


ヒトなら即死する。

レインの見解を聞くまでもなく、想定されていた霊障の害度を超えている。


周囲は熱波から身を庇うのに精一杯。

作戦失敗、予定変更だ。


「レイン、イリス様を守って!」


こちらへ一歩踏み出したレインを静止。

レインは私を抱きしめる覚悟だろうが、その程度で消える火勢ではない。


全身燃え上がったまま、亡霊へ向かって直刀を突き出した。

むろん撃破を期待してはいない。


衝動的な行動だった。


船が好きだ。戦艦の容姿も好き。

けれど、旧軍の軍服を着た兵隊。

嫌いなモノが目の前に存在して動いていることが、あまりにも耐えられなくて悲鳴を上げる。


「消えろ! 消えろ!」


喉が潰れるほどに『消えろ』を繰り返す。

みっともない悲鳴がほとばしり出る。


大人になって、叫んだのなんていつ以来だろう。


熱いからではなかった。

ヨナの身体に痛覚はない。


ここは日本じゃない。

日本にだって、金髪少女の日本兵の幽霊なんて出ない。


----


熱い、息ができない。


幾多の船、たくさんの船員たちが逃れ得ず飲み込まれた末期の地獄。

船内は首まで海水で充満し、閉じ込められた鉄の部屋の中で、火を消すはずの水が燃えている。

漏れた燃料が海水と共に船内に充満し、人肉の焼ける匂いよりも濃い異臭を撒き散らす。

水蒸気爆発の衝撃で内蔵を挽肉にされる。

燃料を浴びて火だるまでころげ回る。

崩壊する船体構造の隔壁に押しつぶされる。

沸騰した熱水で部屋が満ちる。

全身の皮膚が熱でただれる。

熱の蒸気に肺胞を焼かれる。


水面下は窒息の地獄、水面より上は燃えさかる灼熱地獄。

亡霊たちが末期に体感した、たくさんの苦痛をともなう死。


私が先導し、択捉の乗員が直面することのありうる未来。


だがそれは、呼吸をしない、熱で燃え上がらない、ヨナには縁のないものだった。

死の恐怖ですら、イリス様のためにいずれ消滅を望む私には存在しない。


目の前の亡霊とは人間性において隔絶していた。


----


唐突に、胸の奥にイリス様を感じた。

『ヨナ、自分だけがつらくないことは、つらい?』


----


後ろからフーカの声。


「消えろ!」


自分の火球を踏み台にして飛び込んできたフーカが、亡霊に御札を押し付けた。


が、紐が切れている。

反射的に、目の前を浮遊していた紐を掴む。


「ヨナ、消去!」


どうやって。

魔力が感じられるようになったのもつい先日のことで、使い方なんて何も知らない。

このまま次の瞬間になれば、フーカが燃えて死ぬ。


『感じないなら、そこに無いのと同じ』


やり方を、イリス様が教えてくれる。

胸にやさしく心を触れられるような感覚と共に、思い出す感覚は、古代戦艦イリスヨナとして目覚めたあの瞬間。


握った手に力を込めて、策に魔力を流し込む。


私はいずれこの世界で争いを引き起こすだろう。

大日本帝国海軍の軍艦を再現して、ヒトを乗せて。

そのことは理解していて、この道を進んでいる。


それでも、目の前の存在は消し去らなければならない。

この世界に太平洋戦争を持ち込むつもりはなかった。


----


次の瞬間、何かに飲み込まれて、火が消えた。

消尽した御札を握りつぶして、フーカが立ち尽くす。


「やった?」

「まあ、多分」


何が起こったのかわからないが、とにかく。


「レイン?」

「魔力が霧散しているので、とりあえず大丈夫でしょう」


何が起こったのかはわかりませんが、というレイン。


「ヨナさまに霊を滅することができるとは思っていませんでしたが、流し込んだ魔力で掻き消えたのではないかと。

力ずくですね。とはいえ、未経験者がいきなりできることではないはずなのですが」

「私に何かできたわけじゃないわ」


ぜんぶ、イリス様が教えてくれた。


「イリス様、ありがとうございました」


一時的に強まった、胸の奥のイリス様との繋がりが薄く戻っていく。

疲れた様子のイリス様がうなずいて、眠るようにゆっくりと目を閉じた。

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本作に登場する架空艦『古代戦艦イリスヨナ』を立体化! 筆者自身により手ずからデザインされた船体モデルを、デイジィ・ベルより『古代戦艦イリスヨナ』設定検証用模型として発売中です。
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