VS洋上怪奇4 / 魍魎遊撃隊、というより見学会
「こちらのケーブルを切らないように注意してください」
レインが説明する。
デザインは日本風、といっていいのか疑わしい『御札』に、赤い紐がついた除霊道具。
「この紐は?」
「竜宮の神棚に結びつけています。
ざっくり説明しますと、龍宮神社から主神の加護を受けて、払うなり龍宮神社へ封じるなりします。
ケーブルがない魔術道具でも軽度の処置はできますし、日常で使う『虫除け』には十分なのですが。
文字通りの結びつきがあったほうが当然、効果が強いわけです」
そう考えると、家に張ったりアニメに登場する御札は、たいてい無線式だ。
「チセが握っていればいいんじゃないかしら」
「そういうことなら、ヨナさまが握ってください」
「げ」
そうなのだ。
世間的にはただの童女であるチセを、表立って主神に据えるというのは明らかに問題がある。
正体が『座敷わらし』であるからこそ降って湧く面倒ごともあるが避けたい。
そこで、龍宮神社は表向き、特定の主神を持たないまま。
いくつかの、文字通り『当たり障りのない』神を祀っていた。
そのうちのひとつが、船の神。
この世界の神をそのまま祀るわけにはいかない都合により、何とは決めていない、ぼんやりした扱いになっているが。
特に船信仰の信者たちは主神を表立って祀れない理由を『世間体の都合』だと幻視しているようだ。
それ故に関係者は、龍宮神社の主神を『古代戦艦イリスヨナ』だと思っている。
「御札を使ったときにビリビリくるとか、問題あるんじゃないの?」
「たぶん大丈夫だと思いますよ。ヨナさまの魔力量はともかく、たぶん耐性は一級品です」
「そうなの?」
「これまでイリスヨナはいくつもの戦場を駆け抜けましたが、船内に霊的現象はひとつも起こっていないそうですね。
イリス家の使用人がしていた魔除け程度でこの結果は考えられません」
そう言われても、私にはヨナにそういう力があるとはどうにもしっくりこない。
思い当たるここといえば機関長。
レミュウが何かしているのだろうか。
「では始めましょう」
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夜間の再出港だった。
艦全体を照らしだす各種照明と、艦内を行き交う教会職員。
艦内と艦橋をかけめぐる赤い紐。
転びそうでちょっと心配。
古代戦艦イリスヨナからも照明をあてている。
イリスヨナの後部甲板に椅子を出して、横付けで作業中の択捉を見ていた。
択捉の艦内図を開きながら、ミッキ
「海獣が大人しくて助かりますね」
択捉進水の当初、暗闇に乗じて襲撃されたら困るなーと懸念していたのだが、海獣も生物であるからか、海中も夜間のほうが静かだ。
また、群がられて数で押されると対応できないためこれも警戒していたのだが、そういった気配もない。
海獣たちは初期にやりあったイリスヨナを警戒しているのか、昼間も襲撃は少ない。
武装も装甲も動力もない択捉は曳航する古代戦艦イリスヨナが守ってやる必要がある。
択捉の甲板に出てきたレインが、よく見えるよう蜘蛛脚で高く立ち上がって、手をふる。
「そろそろいきましょうか」
架け橋をわたして、除霊作業中の択捉へ。
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択捉艦内はあやとりアートの展示会場みたいになっていた。
「これで第一甲板の船外艦首側に追い詰めます。
悪霊を払うなら、存在がはっきりとしている状態のほうがよくて、出現場所で対処することが確実です」
「はっきり、ってことは力も強いんじゃない?」
「そうなります」
私の懸念にレインはしれっとYESを返す。
「しかし十分に対処できる相手です。戦死した霊への対処は教会の基本業務のうちですから」
「それって教会が、陣地構築のために戦地へ工作兵を派兵しているってことにならない?」
「そのとおりですが、何か?」
教会職員レインの出自といい、この世界の『教会』に平和のインテリジェンスはないのだろうか。
「なにしろ戦死者の霊はなまじ強力なものですから。教会が出張ることが多くてむしろ私怨とかよりも多」
言いかけたレインの言葉が止まる。
「チセ!」
誰よりも先に状況を理解したトーエが、チセを背中から抱き庇う。
悪霊の出現地点。
海防艦『択捉』の艦首先端で無造作に立っている、小柄な兵隊。
軍装を身にまとった『この世界』に存在しないはずの亡霊。
いや、あんな組み合わせのモノは日本にだって現れない。
私がこの世で2番目に大嫌いな、『大日本帝国陸軍』。
悪趣味な旧軍軍装をまとった霊は、小柄な金髪の少女だった。