VS洋上怪奇3 / 仄暗い海の底から / 即興、巫女姫(s)颯爽登場
100年前に行われた大海戦で、人類は海洋版図を失った。
原因はさまざまだが、海獣の大型凶暴化と、古代戦艦の機能不全が引き金とされている。
海軍は敗北を喫し、海洋交易路とともに政治力を失う。
「択捉を水浸しにする船幽霊の正体は、その時の船乗りたちってこと?」
「そうです。そして彼ら残留思念の活性化は、十中八九、択捉の進水をうとむ吸血種の差し金でしょう」
その後、吸血種たちによって海洋航海技術のすべてが破壊された。
水場に弱くヒトの血を必要とする彼らにとって、ヒト種の洋上活動は都合が悪いからだ。
吸血鬼が大陸中で暴れまわり、関係者一族は皆殺しにされ、海軍軍事と海洋交易の術は絶滅した。
「それにしたって、ずいぶんと迂遠ないやがらせじゃない?」
「直接攻撃はこの前やって大失敗したばかりですからね」
吸血鬼の眷属たる人造人間、巨人兵器による襲撃を辛くも退けたのは、ついこのあいだのことだ。
「100年前とは状況も違います。第5皇女様とエーリカ様の顔に泥を塗るという政治的汚点を作ったばかりで、さすがにすぐには手出ししてきません」
それで嫌がらせ的に、犯人を特定しづらい手段に出たと。
レイン曰く、海軍亡霊による霊障自体は想定されており、すでに対策済みだった。
「古代戦艦による海洋交易は古代文明の基盤そのものでした。大洋の中心が世界の中心ですらあったそうですから。
それ故に交易路を海獣から守るための海戦は壮絶なもので、血に染まらなかった海洋はありません」
イリス伯領地の鼻先も例外ではない。
「なので択捉には十分な呪術防御を施しています。
択捉は船体骨格にまで魔術を物理的に刻んであります。艦内各所に魔術道具も配置してあり、霊障防御は十分なはずです。
魔術科員も乗船していますし」
魔術科はもちろん日本の艦船にはなかった部署で、魔術・呪術攻撃へ対処するために、衛生科・補給科とは別に設置した。
「戦場になった場での亡霊対策は、教会にとって昔からある枯れた技術です。
地上戦はすでに知られた戦場で交戦することが多いですし、市街戦になったら戦闘後にヒトが暮らすわけですから。
それで今回の結果を見ると、何者かが意図的に増幅していますね」
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『ということらしいのだけれど、どうかしら?』
「わからん。我様は別に怪奇現象に詳しいわけではないからな」
私にはまったくそう思えないが、レミュウ本人が言うならそうなのだろう。
古代戦艦イリスヨナの艦内放送を使って、択捉の発令所からレミュウと会話する。
「古代戦艦イリスヨナの艦内は、亡霊といった現象とは無縁の空間だからな。
しかし気になるなら、チセ嬢と会わせてみればいいのではないか」
『チセを亡霊と接触させるの? 危険すぎない?』
「亡霊とやらはこの世界のごくありきたりな存在で、異世界のものではないのだろう?
もしヨナの考える船幽霊であったとして、チセは仮にも龍宮神社の神なのだ。
下位存在に影響を受けることもあるまい」
チセは、まだでっちあげコピー神社で祭り上げてみただけの段階なのだが。
「神隠しの存在がそうそう死にはせんよ」
座敷わらし。
神隠しの少女。
『まあ、チセも除霊作業には興味があるだろうし、見学してもらうくらいはありかしら』
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「増加装甲、ねえ」
チセは予想通り択捉の除霊作業に興味を示し、あれよあれよとフルメンバーの見学会みたいな状況になった。
となると問題は、スペシャリティたちの安全性の確保。
幼等部制服にはおおむね十分な対魔術性能があるものの。
悪意をもって今回の騒動をおこした何者かが、どこまで何をしたか明らかでない以上、思わぬハプニングも起こりうる。
チセとイリス様に対しては、用意してあった巫女服を、制服の上から着せることになった。
巫女制服とでもいうべきキメラの誕生である。
古代戦艦イリスヨナにて、作戦会議ののち、衣装のおひろめ会。
「いかがでしょう?」
「イリス様が可愛くて最高」
イリス様は、鏡の前で自分を見てから、振り返る。
「ヨナ、どう?」
「似合っていますよ。イリス様はどう思われますか?」
「ヨナが幸せそうで嬉しい」
トーエのコーディネイトが光る。
突発的に生えた儀式装束かつ既にあるモチーフの再現であるにもかかわらず、シリーズデザインとして統一性がある。
それはたぶん、布の素材や縫製の統一、そして細部まで通底する些細なディティールからくるものだろう。
「神様なら着るのは巫女服ではないけれどね」
そこらへんは問題さえなければいい加減でかまわない、かわいいし、というこだわりのなさである。
対して『右前と左前』については、必死になって記憶を探ったのだった。
大変な苦労だったが、最終的に思い出せてよかった。
「で、どっちがどっちだっけ?」
「安心してください、ちゃんとしてますから」
とのことなので、着付けからタブーまで、すべてトーエにおまかせである。




