## 海防艦択捉、曳航の進水(誤植ではない) / 地味で歯切れ悪くどうにも自力とはいいがたい、世界初
「まさかアルコールの入った状態で出港作業をするつもり?」
日本とは法律が違うものの、未成年もいるのだ。
日程は決まらずとも華やかなイベントをやりたいという気持ちは全員共通で、船員・生徒・造船員それぞれいろいろと考えたのだが、祝って飲みながら作業というのはさすがに現地の基準でも問題がある。
せめて飲まずに割って捨てよう、艦内は汚れるので野外で、という話になったのだが。
(『プロージット』ってやつだ。)
「コップがもったいないですね」
択捉の食器類はどれも丈夫で使いやすく、シンプルだが見た目もそろっていて良い。
早くも愛着がわき始めている。
そんな小物類を揃えてくれたトーエに言われると、誰もが申し訳なさを覚え。
「じゃあ、せめて、私の知ってる船体にお酒ぶっかけるやつやる?」
という、最後の提案にミッキの見解は無情だった。
「防水塗料のアルコール耐性は確認していません」
トーエの配慮によって前日の夜はちょっとした宴をしたが、翌日以降は通常業務。
現実は華やかで明確な区切りとは無縁に進む。
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艦内職員退避ののち、ドライドックに注水。
水密と船体の健全性を確認。
補機と電池室による排水ポンプとバラストタンクの試験を行い。
「これで舵が折れたりしたら笑いものよね」
「そのまま廃艦もありうる事態ですね」
点検が終わってしまえば、建造総責任者のミッキはイリスヨナで見守ることになっている。
いざというとき、択捉とミッキを同時に失うわけにはいかないという、非情な判断ではある。
卵をどのカゴに盛るかは、常に悩ましい。
「ミッキ、ほんとうは択捉に乗りたかったんじゃない?」
責任の問題ではなくて、ミッキの夢だった人造艦船、自分で作った初期艦の初出航だから。
「こうすると決めたのは私です。ヨナさんは何もなければ自ら乗船してみせるタイプですよね」
「わたし、呼吸しなくてもいいから溺れないのよね」
ミッキのヨナ評が正しいかどうかはわからない。
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択捉から艦長の指示で観測台から旗が上がり。
古代戦艦イリスヨナとのあいだに牽引索が渡されて。
古代戦艦イリスヨナの機関出力をもってすれば、余力によるスクリュー推進でも問題なく100m級艦船を牽引できる。
機関のない択捉の進水。
「イリス様、発進します」
イリス様がうなずくのを確認して。
「では。両舷前進微速」
古代戦艦イリスヨナに引かれた択捉が、ゆっくりとドックから河川へ。
とてもではないが自力とは言い難く、巨大な『はしけ』とでも言うべき艤装未完成状態ではあるものの。
こうして人類初の人造艦船『択捉』は、確かに出港・進水を果たした。