海防艦択捉、発動の下知
艤装途中の海防艦『択捉』船首側甲板。
艦載砲を艤装予定の空き区画で、イリス漁業連合の主要メンバがコンロを囲む。
野外キャンプの要領で、お茶を飲みながら打ち合わせ。
甘味は持ち込みのエミリアさん謹製マフィン。
造船を統括するミッキが状況を報告する。
「艤装は第5次修正計画の通りに、本日完了しました。いつでも出港作業に入れます」
状況変化により、択捉の運用開始を繰り上げざるおえなくなって。
艤装変更、武装の省略、主機なしでの進水。
何度もプロジェクトチェックポイントを変更してもらうことになってしまった。
いま、択捉の武装は海獣威嚇用の爆雷のみ。
投射機が間に合わず、車輪をつけて船員が甲板から投げ落とすことになった、アナクロな急造品。
装甲も予定されていたうち2割も実装されていない。
建造途中もいいところだった。
「都合がよいこととして、水密の確認ができます。
すでに5号機以降の建造計画まで走り出していますから、問題があるなら少しでも早く把握しておきたいところです」
しかしそれは、出港せずともドライドックに水を入れれば確認できることでもある。
----
我らが初期艦でもある、イリス漁業連合所属 海防艦『択捉』の起動。
世界初の人造艦船の進水。
しかし、パレードも見送るものもなく、華やかな式典と無縁な地味そのもの。
というか、出港前にわざわざ計画して時間をとらないと、出港式典なんてできないのだった。
「スケジュールを立てるには、スケジュールを立てるための時間が必要です。
特に人造艦船択捉の出港は世界初の試みですから、参照できる前例がありません」
開校式典と違い、仮進水は急に決まったのでヒトもあつまらない、というか日程が確定しなくて集めようがなかった。
もともと、ヨナは月単位のスケジュールしか気にしていない。
日単位のスケジュールは、あくまで部品調達や造船員を配置するためにミッキたちが必要に迫られて引いたもの。
そのうえ、度重なる計画変更で日程はかなりヤワになっている。
主機がなくとも、100人を越える乗員を擁する択捉の出港シーケンスは複雑だ。すべての部署で必要な作業の時間をわりだすのは困難だ。
各部署から必要作業をヒアリングして手順を決定し人員と部材を配置する。
積み込みをしてから積載ハッチを閉めて水密が成立するといった依存関係を解いてタイムスケジュールを引く。
正確なスケジュールを出すには、出港作業をするのと同じかそれ以上の手間がかかるのだった。
「進水までの作業だけを最速でということでしたら、全労力を出港作業に振り分けて今すぐ作業に入ることになります。択捉の正確な進水日は事前に確定できません」
「どれくらい?」
「初起動には2週間はかかるかと」
一瞬だけ天井を見て。
「十分早いわよ」
半年に満たない期間で大きな船体を建造し、それを動かせる乗員が揃いつつある。
十分過ぎるくらいだった。
「式典はなくてもいい。それより早く択捉の動くところが見たいわ」
----
「イリス様、択捉出港の下知をお願いします」
「海防艦択捉の起動を許可します」
フーカがスイに何やら吹き込む数秒を待ったのち。
「命令、たしかに受領いたしました。択捉はこれより、出港作業に入ります」
艦長スイは答えてから、マフィンを『モフッ』という音をさせて大口で食べた。