イリス漁業連合 海防艦『択捉』の初出航 / 古代戦艦と現代艦船
艦長席に座るスイと、隣に立つフーカ。
択捉の艦橋にある発令所。
各部署が自分の作業に専念し、発令所の各員もそれへの対応に追われており。
現場でわからないことは、最終的にフーカへ上がってくる質問となる。
(例えば『電池室の水密エアダクトは出港作業中に開いているべきか閉じているべきか?』など。)
業務時間中は基本的に、ずっと返答におわれているのだが。
仕事のあいま、わずかな手持ち無沙汰の時間だった。
「世界初の人造艦船、初号機の初出港がこんなに地味だなんてね」
今や泣く子も黙る鬼副長のフーカがつぶやく。
お気楽な調子で答えるのは、お飾り艦長のスイである。
「ヨナさんは、厳密に言えば人類初も自称で、ずいぶん怪しいって言ってましたね」
「択捉が人類初ってことでいいわよ。古代戦艦はその建造方法さえ不明なんだから、ノーカンよノーカン」
「フーカでも船について知らないことがあるんですね」
「わたしじゃなくて、人類が知らないの!」
フーカが怒る。
艦船に対する自らの博識を疑われたのがトサカに来たらしい。
フーカは自尊心が高く、めんどうくさい船フリークである。
「有史以来、古代戦艦は技術という側面において発展を見たことがないの。
失われ後退する一方の衰亡史であり、発展過程どころか古代戦艦は出自さえ明らかでない。
古代戦艦の製造法は不明で、ヒトが作ったという痕跡すら見つけられていない」
動植物は化石が残っており、そこには連続性が欠けているものの、時間経過による進化、複雑高度化の証拠とおもわしきものが見受けられる。
だが、古代戦艦にはそれがない。
古代戦艦の墓所に残る船殻や艤装を調べる限り、技術発展史が存在しなかった。
古代戦艦はその始まりの時点から、現在とまったく同じ種類・構造・機能を持っていたとしか考えられない。
「船信仰の神学者はそれをもって『動物は自然発生し、船は神が作った』と言ったそうよ。言った神父はそのあとヒト中心派に刺殺されたけれど」
古代戦艦が権能を振るった古代、船信仰も大きな大きな勢力を持っていたとはいえ。
『ヒト中心史観』は、ヒトの中世暗黒時代までずっと支配的だった。
今でこそ実利主義者に鼻で笑われるけれど、この世界はヒトのために神が作ったものだと考えるのが当然の時代だった。
「ミッキさんはぱっと『択捉』を作りましたよ」
「これが『ぱっと』に見えるならあんたの目が節穴なのよ」
ミッキは河川用の小型船技師だった。
そしてヨナの知識には、本来『択捉』建造にたどり着くために必要だった、あるべき試行錯誤が有形無形に織り込まれている。
それでも話をきいただけで現代艦船を建造してみせたミッキは、十分にすごい人物だが。
何もなかったところから、恐ろしいほどの短期間で『択捉』がいまここにある。
ヨナは、人形らしく特異な外見以外、中身はふつうのヒトと同じ、たいした能力の人物ではないけれど。
ヒトを見る目はあるのかもしれない。
ミッキを見つけてきたことはあまりに大きい。
「古代戦艦自体も、ヨナみたいにどこかから持ってきたと考えるのが妥当なんでしょうね」
「どこからですか?」
「ヨナに訊きなさいよ。なんにも知らないそうだけど」